この際だから言いますけど、私がもし男だったら、この子のことを引っ叩いてますよ。この子の態度はそれほどまでに悪いんです。
 三者面談の際、おばちゃんがそう言ったらしい。ケンジの母親は、ただただ謝っていた。ケンジもその場では、なにも言わなかったんだ。本当の理由は分からないが、母親の前で揉め事を起こすのは得策じゃないよな。
 次の日の朝、ケンジはおばちゃんの前に立ちはだかった。そして、
 俺の悪口とか言うのはいいけどさ、嘘をつくのは反則だろ? そう言ったんだよ。
 おばちゃんは面を食らっていたよ。まさかケンジがそんな反応を見せるとは思ってもいなかったようだ。おばちゃんからすればだが、嘘をついている意識すらなかったようだからな。だからこそ、ケンジの言葉にハッとしたんだよ。そしてすぐ、職員室に戻り、ケンジの家に電話をかけた。嘘をついてごめんなさいと言ったようだ。ケンジに対しては、最後までごめんの言葉は落とさなかったけれどな。
 ケンジの母親は、そんなこと気にしないで下さい。そう言ったんだ。悪いのはうちの子ですから。そう付け加えてね。
 そんな事件のすぐ後だったと思うんだが、ケンジは陸上部をクビになっているんだ。理由はただ放課後に飴を舐めていたってだけだよ。
 他の生徒も一緒になって飴を舐めながら歩いていたんだ。そこに俺はいなかったよ。ケンジ以外は陸上部の人間じゃなかった。顧問の先生は、早足で近づいてきて、ちょっと来いとケンジの腕を引っ張って職員室の隣の、職員用トイレに押し込んだ。出て来たときのケンジは、頬骨のあたりを青く染めていた。
 ケンジはその顔のまま、その日の部活動に参加をしていた。俺達はなにも聞いていなかったので、その後の事態なんてまるで予測ができていなかった。青痣についても、電信柱にぶつけただけだと、当初は言っていたんだ。現実にケンジは、俺と一緒に歩いているとき、電信柱にぶつかった過去がある。
 おいケンジ! なんでお前がここにいるんだ?
 部活動後のミーティングで、顧問の先生がそう言った。
 ケンジはその言葉を無視した。帰っていいぞ。お前はもう陸上部員じゃないからな。顧問の先生はそう畳み掛けてきたよ。
 それでもケンジは無視を続け、そこに居座った。次の日からも、普通に練習をしていたよ。ミーティングでも、顧問の先生はなにも言わなかった。
 ケンジがクビを言い渡されたのはそれが初めてじゃなかった。それ以前にも一度、クビになっているんだ。
 その頭、どういうつもりだ?
 顧問の先生はそう言うと、ケンジの髪の毛を掴み、洗面所に向かった。そして蛇口の下にその頭を突っ込み、蛇口を回した。
 整髪料は校則違反だって知ってるだろ? お前はもう今日から陸上部に来なくていいからな。
 ケンジの頭を動かないように押さえつけながら、顧問の先生はそう言った。
 ケンジは放課後、当然のように陸上部の練習に参加をしていた。顧問の先生もこのときはなにも言わず、時折ケンジを睨むだけだった。。次の日ケンジは、前日と同じように髪の毛にベッタリと整髪料をつけて登校してきた。そんなケンジの姿を見て、顧問の先生は、今日はなにも付けていないな。その方が断然格好いいぞ。なんて言っていたよ。
 ケンジが顧問の先生にそんな注意を受けたのは、数学の先生と揉めた翌週のことだった。