俺はそのアーティストが誰なのかを思い出した。まだ若いんだよな。フィンランドって国のバンドで、メンバーのほとんどが十代だったはずだ。今回のフェスが初来日で、注目もされていた。
 あんたは聞いてない? 雑誌のインタビューで彼らがね、今回の来日で是非会ってみたいアーティストがいるって言ってたのよ。もちろんあの人の名前も挙がったんだけど、あんたたちのバンドに会いたいって言ったのよ。どこかでライヴの映像を見たらしいのよね。凄く興味持っていたのよ。あの人があんたたちを招待したのも、彼らに合わせるためだったみたいよ。雑誌読んでないの?
 音楽雑誌はたまに読むけど、俺は活字が苦手なんだよ。ケンジたちはきっと読んでいるはずだ。けれどまぁ、俺たちの名前が載っていたところで、嬉しくはあるが、それだけなんだよな。直接連絡がきたならまだしも、どうでもいいっちゃあどうでもいいことだ。
 俺たちがあそこに立つのか・・・・ 突然訪れた現実に、戸惑わない方がおかしいよな。っていうか、どうしてナオミがそんなことを言うんだ? お父さんがなんだとかって、どういう意味だ?
 どうしてお前がそんなこと、知ってるんだよ。
 雑誌のこと? それならほとんどの生徒が知っているわよ。確か同じ雑誌にこの前のライヴの記事も出ていたんじゃないかな?
 違ぇよ! 雑誌のことなんかどうでもいいんだ。俺たちを代役にするって話の方だよ。お前が知ってるのはおかしいだろ!
 そんなことないわよ。あんたには言ってなかったかしら? あのフェスは、うちのお父さんの会社が主催しているのよ。私もそれなりに、手伝いをしてるんだから。
 お前の父親か・・・・ それならありえる話なんだろうな。けどさ、なんで俺に言うんだよ。ケンジに言った方が話が早いだろ?
 ケンジ君にはあんたが言いなさいよ。私は・・・・
 なんだよ、まだ未練があるってことか?
 そうじゃないわよ。なんだかナオミの歯切れが悪い。
 やっぱり、俺のことを好きになったのか? 当然俺は冗談でそう言いているだけだ。
 バッカじゃないの。そう言いながら俺の足を蹴飛ばしてくる。一度でやめず、何度もだよ。流石に痛くて、やめろよと怒鳴ってしまう。
 冗談だって、俺だってお前とはそういうつもりはねぇよ。
 そういうつもりってどういうつもりよ! ホンットに馬鹿なんだから! 私はね、あんたのこと、こんな弟がいたらいいなってずっと前から思ってるのよ!
 ナオミは顔を真っ赤にしてそんなことを言う。なんだよ、それ・・・・ 俺まで顔が赤くなるのを感じる。俺も全く同じことを常日頃から思っていた。ナオミのような姉がいたらいいなってな。同い年だけど、なぜだかそう感じるんだよ。