「そんなことより、もうすぐ夜行遠足だね。香魚、今年こそお守り渡しなよ」

 毎年毎年、一向に変わり映えのしない田舎の風景を眺めるのも飽きたのか、ふいと教室に体ごと反転させながら優紀が言う。


 夜行遠足とは、蓮高の伝統行事だ。

 夜行の名は、男子が歩く距離――105キロメートルを夜通し歩くことから由来している。女子はその翌日の早朝から一日をかけて43キロメートルの道のりを歩く。

 ゴールはそれぞれ、碁石《ごいし》と南和《なんわ》。


 道中では卒業生や近隣住民からの差し入れがほどこされ、保護者やボランティアが夜行遠足の安全を陰からサポートする。また、有志による豚汁などの炊き出しや休憩所も各所に設けられ、疲れた心と体を癒してくれる。


 十年ほど前に生徒が事故に遭い、一時は中断していたが、卒業生や在校生からの復活を望む熱い声が上がり、ルートの見直しを計ったり、ボランティアの人数を増やしたりと、よりいっそうの安全対策を施し、再び開催されるようになったのが、七年前だ。


 そして、この夜行遠足は、蓮高生にとってバレンタインより重要な行事である。

 好きな男子にチョコを渡すのと同じ原理で、本命の男子生徒に赤のギンガムチェックのお守りを渡すのが、昔からの習わしだ。