ふらふらな二人は、それでも幸せを噛みしめながらベンチに座る。プラスチックの材質は、夕方まで降っていた雨の痕跡を消してくれていた。那由多と私はそこに並んで座る。
曇り空は、夜空の星を完全に隠してしまっていて今日はいまいちだ。少しじめじめとした空気がせっかく整えた髪を膨張させる。舞台としては失格レベル。
けれど。
「いつか、あの教会に一緒に行こうね。ステンドグラスがとても綺麗なの。そのときは那由多、全身真っ白な服を着てきてね? 那由多は綺麗な顔をしてるんだから、それもきっと似合うはずだから」
辛いのに、何か話をしていないと不安だった。声を発して、今日は寄り添って、お互いの存在を確認する。消えてしまわないように。
那由多も同じなのか、辛いはずなのに、とてもロマンチックな言葉を声にのせる。
「それじゃあ、まるで結婚式みたいじゃないか」
「いいわね。那由多となら、きっととても幸せ」
「病めるときも健やかなるときも、だっけか? 俺たち、病んでばっかだけど」
「病めるときも、健やかになっても」
「ああ。それいいな」
「でしょう? ――病めるときも、健やかになっても、私の全ては、那由多と共に。喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、敬い、慰め、助け、その命ある限り、命尽きても、真心を尽くすことを誓います」
「病めるときも、健やかになっても、俺の全ては、清香と共に。喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、敬い、慰め、助け、その命ある限り、命尽きても、真心を尽くすことを誓う」
神様には、滑稽にでも見えているのだろうか。大人でも子どもでもない中途半端な私たちの誓いなど。
それでも、私たちのこれからの人生に、今はきっと必要な瞬間なんだ。
「那由多。これあげる」
指輪の代わりのようで恥ずかしかったけれど、私は那由多にプレゼントを渡した。以前、死神でなくなる那由多に添えようと考えた彩りを形にしたものを。
「本当はね、組紐にはまっていて、それを作りたかったんだけど、道具も技術もなくて。そうしたら、ミサンガっていうのなら、私でも編めるんじゃないかって、友達が教えてくれて」
色は、コバルトブルー。夜に紛れすぎず、目立ちすぎることもなく、那由多に似合あうような。あと、私の好きな色。
左の手首を出してもらい結んであげると、拙い編み目を発見されそうなくらいにミサンガを凝視された。
「自然に切れると、願いが叶うらしいわ。お母さんが言ってた」
「え……切れるのやなんだけど」
「それがきっと、那由多を悲しいことから守ってくれる。切れてもまた、私が何度でも編む、から」
「清香……」
それから二人の間に言葉はなかった。多分同時に限界を迎え意識を朦朧とさせてしまったのだと思う。
蜘蛛の糸ほどの残っていた細い記憶によると、しばらくしてから病院の関係者に私たちは見つかり、たちまち運ばれたらしい。
それから私は完全に覚醒することが出来ないまま、またうつらうつらとした毎日を過ごした。そうして、主治医の先生から告げられていた投薬の治療が始まり、面会の制限される部屋に移った。
決まったサイクルでの治療を繰り返し、それが終わる頃には季節が何度も変わっていて。
そうして、死神の予言とは異なり、私は日常を取り戻した。
そうして、死神はもういないのだと、訊ねた誰もが口を揃えて言った。