約束の日。


消灯後すぐに、生成り色のワンピースに着替えた私は、那由多の訪れを心待ちにする。いつもより早い待ち合わせ時間に、病院の外に出ることの難しさを想像してみるけれど、那由多と一緒なら平気だと思った。雨だって祝福してくれているように降り止んだのだから。


ベッドに腰掛け、立ち上がる。するとめまいがして不安が襲う。ひとりというのは、途端に闇に引っ張られてしまう。
だから早く。早く来て、那由多。
待っている時間がとても長く感じたけれど、那由多はそれから少し経ってから、病室の扉を開けて入ってきてくれた。


「待たせたな」


「ううん。全然」


那由多は車椅子を用意してやって来た。最初、那由多がそれに座るのを待っていたら、私のものだと睨まれてしまう。いやどうせなら調子の悪いほうがという提案も、ならばもうひとつ用意して、二人ともという名案も却下されてしまった。


「清香が乗って俺が押していくのが一番いい」


「そんなことないと思うけど」


「うるせ。ちょっとかっこつけたいんだよ……わかれ」


蒼白の、けれど意地をはる綺麗な顔に私は瞬殺され、それ以上は食い下がれなかった。




病室をそっと抜け出し、不思議なくらいに誰にも見つからず、外に出ることに成功した。死神の神通力とは凄いのねなんて言ってみようと那由多を振り返ると、けれどそこに那由多の姿はなかった。


「那由多っ!?」


ついさっきまで、私の後ろで車椅子を押してくれていたというのにっ。


返事はなかった。けれど、視線を下げたそのさきに那由多はいた。


「那由多大丈夫っ?」


慌てて車椅子から降り、地面にうずくまる那由多に寄り添う。那由多は寒そうに身体を丸めているのに、おでこにはねっとりとした汗をたくさんかいていた。


「もう戻ろう」


「……いや、だ……」


「だって!」


「誓いを……」


「そんなのどうでもいいっ。教会とかもういい。那由多のほうが心配だから戻るのっ。誓いのために全てを使って、そしていなくなってしまうならそんなもの意味ないっ」


力など入らなかったけれど、なんとか車椅子にのせようとすると、ふらふらと起き上がった那由多は私を再び車椅子に座らせて、自分は私の前に跪いた。


「嫌だよ、清香。この誓いは俺にとっても、とても大切なものだ」


「私だって」


「俺の生きる糧になる」


「けど……っ」


「確かに、清香の好きな教会には、もう行かせてあげられないかもな……すまない。だからせめて、あそこに行かないか?」


言われてそこがどこなのかようやく気が回る。
示されたそこは、那由多と初めて会った場所、まだ私たちが比較的元気だった頃会えていた病院の庭にあるベンチだった。