「気付いたら、が近いな。志願もかも……。多分……俺は最初から死神だったんだ」


「那由多……」


遥か昔まで記憶を辿っているのか、那由多の視線は空中をさ迷う。
私はすぐさま自分の口を縫い付けてしまいたいくらいの後悔をした。訊かなければよかった……那由多は拳を強く握り、浮き出る手の甲の筋が痛々しくて。それはきっと手だけではない。
那由多は、"死"を運んでいくだけのものとは捉えていない死神。
握る拳を遮ろうにもその術が見つからない。例え私が上手い回避術を見出だしたとしても、那由多はきっとそちらに流れてはくれない。那由多は、私の質問にちゃんと答えようとするから。
しばらくすると、懺悔するかのように、那由多は自分のことを語り始めた。


「俺が形をもったときからずっと、俺の周囲には死が絶えなかった。かけがえのない人だったかもしれない、愛着をもった人だったかも……言葉を交わしただけかも、目が合っただけかもしれない。同じ場所にいただけでも。……俺がいた周りには死が、本当にたくさんあった」


「でもそれはっ」


「死神だと言われた。死神なのかと納得した。そしてやっぱり俺は死神だった。そうしたら、楽になったよ。自分の正体がわかって安心した。なんで俺はこんななんだろうって気が狂いそうだったから。アイデンティティの確立だな。――お前は死ぬと告げることに喜びを感じ、使命感をもって過ごすようになった。嬉しかったよ。死を告げた人間の恐怖が。反発が。俺のせいだと憎みながら消えていったやつに笑った。そういう感情が、死神には必要で存在出来る糧だから。……でも、清香は俺をそんなふうに扱ってくれない。俺といるのを嬉しいと言う清香を、俺はどうしたいかわからない」


「那由多……」


「清香は俺を憎まない。怯えない。死を恐怖しない」


「怖い、よ?」


「そんな清香の前にいると、俺はきっと消えてしまう。……なのに、俺も清香と、いたいと思う。糧の感情が消えていくだけなのにな。それは俺の恐怖なのに、清香に会えないそれが最近は上回る。死んでほしくないとさえ思ってしまった。自分が……俺が、他人を想える清らかな人間になれたように錯覚してしまう。それじゃあ消えてしまうのかもしれないのにっ」


那由多の足下に、ひとしずくの水分が落ちた。それは涙で、私が那由多に与えてしまった恐怖によるもの。
消えたくない、まだもっとと、生命の悲鳴の具現化。レールの方向が変わる分岐点に那由多はいる。


「私、望みがあるの」


「……」


「命が尽きるまで、那由多といたいの」


俺もだと、その場で膝を折った那由多は、まるで王子様みたいに美しかった。