深夜だと思われる病室内では、まだ那由多が居続けてくれていて。
途中、廊下を歩く誰かの足音に揃ってびくりとしてしまう。
足音は結局、部屋に入ってくることはなかった。
「……辛いか?」
しばらく経ち、那由多が言葉をかけてくれる。少し掠れていたのはずっと黙っていたからだろうか。水を飲むかと訊ねてみたら、睫毛を伏せて断ってくる。
揺れた睫毛が廊下から漏れてくる明かりを拾って光る。綺麗だなと心を奪われてしまい、私は那由多から目を離せなかった。
「うん。大丈夫だよ」
私の返事に那由多の眉根が和らぐ。
ああ、こんなところも綺麗な人。
「……悪かった」
「っ」
「今度は清香が黙るのか?」
「っ、ううんっ、ちが……っ。びっくりして」
「なんだよ。――清香は馬鹿だなあ」
言葉とは裏腹に、その声色はとても温かく。
驚くことに、那由多の顔には僅かに笑みさえ浮かべられていた。
慣れていない、ときどき口角がぴくぴくと痙攣する、そんな笑みだったけれど。
ぽつり、ぽつりと、静かな声で那由多が話す。こんなに口数が多いのは初めてで、私は密かにそのことに感動しながら、那由多に耳を傾ける。
「俺は……死神で。……俺は死を招くんだ。それでいいんだ。いつの間にかそれが気持ちよくさえなった」
「うん」
「なのに清香は、他のやつらみたいに怯えない。俺を遠ざけないばかりか怖がらない。そんなんじゃ気持ちよくなれない。そんなんじゃ駄目だったんだよ。……なんで、清香はもうすぐ死んでいくのに笑っていられるんだって、理解に苦しんだ。なんで幸せと言えるんだ。こんな状態で普通にいられるはずはないんだ。清香がわからなくて……苛立って、腹が立って、俺は清香を……」
思い通りに事が運ばないジレンマが、那由多を追い詰めていたと知る。
なんて真っ直ぐな人なんだろう。死神であろうとする故の袋小路にこんなに迷って。
けれど私は死神を導いてはあげられない。だって私は――
「――幸せだから仕方がないでしょう? だって那由多と過ごせたから。那由多がいてくれたから」
「俺のせいかよ……」
「でも、いたたまれなくもあるわ。私はそんな清廉でもないのに。お腹の中は真っ黒よ? 死神なら割いて覗いて見てみればいいのに。そうしたら、那由多にお似合いのどうしようもないやつだって、解るわ。那由多が命を奪ってくれるなら許せる」
「馬鹿かお前……」
「だから、那由多が嫌でなければ、こらからも会いたい。腹黒な私は、いずれ死神に連れていかれるべきものなんだから」
だからどうかと願う私は、自分でも何故こんなに必死にそれを願っているのか、完全に理解してはいなかった。
また眠ってしまうまで、私は那由多を見上げ、彼を求め続けていた。