「それくらいにしたら?母さん。」

僕の言葉に奈々瀬はピアノを弾く手を止め、母親は振り返った。

母親の表情が少しだけ歪む。

「祐輔、邪魔はしないでちょうだい。」

「邪魔はしないよ。ただ……」

「ただ?」

「母さんの怒鳴り声に萎縮しちゃって、奈々瀬が自分の音が出せないんだよ。」

「なっ!」

母親はそう言うと、話が止まる。

いつもだ。


母親は、自分の指導は間違っていないと、自信を持っている。

それはいい。

だけど何事も、程ほどがいいと言う事を、母親は知らない。

「僕があとは見てるよ。母さん、少しは休んだら?」

母親はため息をついた。

「じゃあ、後はお願いね。」

そう言って母親は、部屋を出ていった。


「ありがとう、祐輔。」

「いや。」

奈々瀬は、少しやつれた顔で微笑む。

母親とのレッスンの時は、いつもそうだ。

奈々瀬は鍵盤から指をおろして手を握ると、僕を見てこう言った。