奈々瀬の口は、何か言っていた。

「……なきゃ……弾かなきゃ………」

「何を?」

「ピアノを弾かなきゃ……」

「奈々瀬!しっかりしろ!」

「もっと弾かなきゃ、上手くならなきゃ、祐輔は私から離れて行ってしまう……」

その時僕は、初めて彼女を抱きしめた。

「そんなことないよ。」

小学校の頃から、奈々瀬も天才少女と言われ、周りの期待を一心に背負っていた。

僕はずっと、奈々瀬はピアノが好きで、引き続けていると思っていた。


「いなくなる……祐輔がいなくなる……」

「いなくならないから!」

僕はだんだん、彼女が不憫になってきた。

彼女を背負って音楽室を出て、奈々瀬の部屋に連れて行った。

そのままベットに寝かせると、知らない間に奈々瀬は寝息を立てていた。

ふと机を見ると、中学校の時、母親にせかされて奈々瀬と一緒に、撮った写真が飾ってあった。