しばらくして、奈々瀬が僕を呼んだ。

「祐輔。」

その時、音楽室のドアが急に開いた。

そこに立っていたのは、僕の母親だった。

「あら、祐輔だったのね。てっきり奈々瀬が弾いているんだと思っていたわ。」

僕がここでピアノの弾くのは、高校に入って初めてだというのに、母親の反応はそんなものだった。


僕は何も言わずに立ち上がった。

「祐輔。」

奈々瀬は僕を呼び止めてくれたけれど、僕はわざと聞こえない振りをして、音楽室を出た。

そしてドア越しから、母親の声が聞こえる。

「祐輔は相変わらずね。だから少しもピアノの腕も上がらないのよ。」

母親はもう僕のことも、気にかけていないようだった。


「祐輔は違うと思います。」

「どういう事?奈々瀬。」

母親が聞いた。

「祐輔の腕は、私なんか足元にも及ばない。」

母親は僕が聞いていないと思ってか、本音を語り始めた。