「すみません、勝手に入ってしまって。」

僕は素直に、黙って美術室に入った事を謝った。

「いいの。私も準備室にこもりっぱなしだったし。」

あの人はそう言って、僕の隣に立った。


「この絵を見ていたの?」

「はい。」

「私が描いたのよ。」

「先生が?」

僕は改めて絵を見た。

「これは海と空、どちらなんですか?」

あの人はこう答えた。

「祐輔君は、どちらだと思う?」

あまり真剣に考えていなかったから、適当に思いついた答えを言った。

「海だと思います。」

「そう……」

あの人は、絵の表面をそっと触った。

「祐輔君が海だというのなら、この絵は海ね。」

えっ?

そんな答え、初めて聞いた。

「僕が空だと答えたら?」

「この絵は空ね。」


不思議な人だと思った。

普通、絵ってそんなもんじゃないだろう。

「絵っていうものはね、その人の感性で見るものなの。だから、あなたが海だと言えば海になり、空だと言えば空になるのよ。」