咲は、名古屋に住むシングルの55歳。最近良く一番目のフランス人の夫が夢に出てくるので、今朝も懐かしい甘酸っぱい気持ちで目覚めた。彼と一緒にフランスのクレルモン・フェラン駅にいるのに、そこからは一人で旅をする夢だった。去年の暮れにヨーキーの雄を引き取って、その犬と一緒に寝ていると、温もりが夫を思い出させるのかもしれない。

元夫はポールという名前で咲と同じ年だった。大学で彼の妹と同じ寮だったので知り合った。おとなしくて、賢い真面目な男だった。ある時、誕生日占いの本を読んでいた。咲の誕生日(1月26日)を見ると、元夫の誕生日(10月7日)はソウルメイトだと書いてあった。先日参加したスピリチュアル・リトリートの際、講師は「結婚までする人はみんなソウルメイト。」と言っていた。「それでは、2番目の元夫カルロス(メキシコ人)もソウルメイトだったのか。」咲は、首を傾げた。誕生日占いの本では、カルロスの誕生日(10月9日)はソウルメイトの誕生日とは書かれていなかった。

ポールとカルロスは誕生日が近かった。次回もし結婚するとしたら、二人の誕生日の間の空白、10月8日の男かもしれない。カルロスは咲より14歳若かったが、ポールと共通点が音楽の好みだった。これはただの偶然かもしれない。ピンクフロイド、ビートルズ、それもジョンレノンが二人とも好きだった。ヨーコ・オノにでも憧れていたから咲との縁があったのだろうか?それにしても、ソウルメイトなのに、離婚してしまうとは、人生は分からないことだらけだ。

3番目の夫は、リッキーなのかな、と咲はふと思った。リッキーはヨーキーの雄だ。5歳という歳を考えると、後長くて10年ほど一緒に居られる。人間は面倒だから、犬をパートナーとして生きていこうとも思っている。咲にとってリッキーは、友人、家族(息子、パートナー)である。犬にも個体ごとに性格があるようで、前にいた雌犬はベッドの上にいても、適当な距離を取っていたのに、リッキーはお尻の方をくっつけてくる。ぴったりと体を寄せるので、母性本能をくすぐられ、愛おしいと思わせられる。

リッキーには、誕生日すらない。推定5歳というから、それを信じるしかないし、誕生日は咲のところにやってきた日に決めた。12月1日だった。咲は姫路まで行ってリッキーを貰い受けたので、お陰で日本一美しいと言われている白鷺城を目の当たりにできた。姫路の街はちょうどいい大きさで、商店街が沢山あり、散策も楽しかったし、アーモンドバターを塗ったトーストも気に入った。

咲には以前、姫路に一人知り合いがいた。大阪に劇を見に行った際隣の席に座った同世代の女性だ。大阪で待ち合わせて、歌舞伎を一回(愛之助が水の中に入って魚を捕まえる劇だった)、もう一回は確か蜷川幸雄の舞台だった。出会いが”火のようにさみしい姉がいて”だったか、”ハムレット”だったか定かではないが、この縁はこうして三回あったが、その後自然に消滅した。一期一会でそれで良いと今では思っている。実際咲はよく旅先で人と意気投合して、食事をしたり、お茶を飲んだりがよくある。そして、いろんな人の話を聞いて、世の中の勉強をしている。

咲はオーラの泉を見てから、背後霊や前世、と言ったスピリチュアルに興味を持っている。いろいろな本を読んだり、最近は講演会に一つ行ってみた。尊敬するご夫婦で、30年くらい前からスピリチュアル系の本を翻訳している人たちで、どんな人たちだろうと、ワクワクして行ってみると、素晴らしく希望の持てる内容で、二人とも優しく、謙虚で好感の持てる人たちだったので、安心した。新幹線に乗って住んでいる名古屋から大阪まで足を運んだ甲斐があった。

スピリチュアルに興味を持つと、中には、人の悩みや問題に付け込んで、パワーストーンを高額で売ったり、洗脳される危険もあるのは、過去の痛い経験もあったから、咲が最も恐れることだった。この講演会で一番嬉しかったのは、どの宗教にも属さず自分自身の道をそれぞれが進むようにとの言葉だった。咲は今、人生半ばで、本当に自分の心が何をしたいかを確かめたいと思っている。そして、考えるきっかけをこのようなスピリチュアルを通してもらえたらいいと思っている。

妹は姉思いで、咲のスピリチュアルへの傾倒ぶりを心配して、散財しないようメールをくれる。実際、咲の中にもその心配はある。お金を使ってその分の見返りが目に見える形で返ってはこないのだ。自分は果たして今後、きちんと経済生活を続けることができるのか、など、心配はどんどん浮かぶ。どんなお金持ちでも、美人で幸せそうに見える人も、将来に不安を抱えない人はいないだろう。これこそ、人として生まれた醍醐味なのかもしれない。

咲は、大阪で講演会に参加し、その後援者主催のリトリートにも参加してみた。スピリチュアルに興味を持った友人を見つけたいと思ったからだった。ここでも気付いたのは、一人ひとりが独立して道を進む。すると、縁のあるときはちゃんとその縁のある人が自分にとって必要な情報やメッセージを持ってきてくれるということ。自分の道は一人で進む覚悟が必要と言うあまりに当然な事実を再確認したのだった。リトリートで知り合った女性から、咲の興味を引く情報を教えてくれた。

彼女に起こった奇跡は、神戸で受けた呼吸法の授業中にやってきた。瞑想中の彼女の目をつぶっている目にある映像が浮かんだ。それはどこから伸びてきたのか、白い手だった。それは、目に見える世界でなく、目をつぶったその状態で起こったので、実際にその場にいた誰の手でもなかった。通常にはない速いスピードで、その手は彼女の左目に触れたという、瞼を開けたり閉じたりを猛スピードで行うと、彼女の左目のドライアイが完治したと言う。これを聞いた好奇心の強い咲は、その授業を自分も体験したいと思うようになった。

リトリートの後、自宅で検索すると、そのインド人女性の呼吸法クラスは未定になっていた。いつ開かれるか問い合わせると、三日後に瞑想クラスがあるので、そちらに参加するよう誘いがあった。もともと、その講師のパワーを目の当たりにしたかったので、思い切って、神戸でのクラスを受けることにした。ホテルは、カプセルホテルを予約し、予算を抑えた。新幹線チケットも格安チケットを購入した。受講料は2万円と咲にとっては、高額だが、のちにそれは、必要経費を賄った後、インドの子供達の教育に使われるとわかった。リッキーには可哀想だが、ペットホテルに預けた。

名古屋からの新幹線では、珍しくJRが5分遅れたお陰で時刻表より遅く来た列車に飛び乗ることができ、予定より一本早い新幹線に文字通り飛び乗った。自由席で、人の良さそうな、ビフテキ弁当を広げていた男性の横に座った。話をすると、彼は28歳で、出張の帰りだった。岡山出身で、製造で働くのが夢だが現在は営業をしているそうだった。咲はお節介にも、イメージしているとその通りに実現する法則を持ち出し、彼に実際製造で働いている自分を映像化するように勧めてみた。スピリチュアルの押し売りだ。新神戸に着く少し前、咲は持っていたせんべいを彼にあげた。話を聞いてくれたお礼のつもりだった。桃太郎が家来にきびだんごを渡すような気持ちかもしれない。

神戸の土地勘はなかったが、最初の旅行は、幼馴染ときた六甲山だった。中国人留学生の女の子を案内してフェリーボートに乗ったこともあった。着いてみると、神戸はコンパクトにまとまっていて、とても歩きやすかった。瞑想の授業の前に、異人館のある北野や南京町にも足を運んだせいか、万歩計は13567歩になっていた。県庁前の県民会館で座っていると、ニーラ先生は現れた。日本語のとても上手な笑顔の素敵な女性だった。白いバンジャブがとても綺麗だった。

驚くことに生徒は咲だけだったので、個人授業となった。咲には、(左目の治った)紹介者の女性のような奇跡はなかったが、講師によると、人によってがんが治る人もいるそうだった。簡単なヨガポーズ(5分)、呼吸法(5分)、瞑想(20分)を毎朝毎晩やってみるように課題が出されて、1日目の講座は終わった。

「さて、今日はどうやって時間まで過ごそう?」曇り空を見上げて、咲は考えた。昨日は、北野方面に出かけ、うろこの家の見える神社(北野天満宮)から神戸の街を眺めた。思いがけず、美しい鶯の声を聞いて春を満喫した。神戸の街は名古屋よりオシャレで、時々、素敵な着こなしの女性に目を見張る。港町はハイカラだ。三の宮駅の案内所で尋ねると、「兵庫県美術館で不思議の国アリス展やってますよ」と教えてもらった。朝ごはんをなか卯の納豆とオクラで済ませ、西村コーヒーの特製ブレンドを飲み干すと、早速美術館を目指した。

県美術館に向かう道で、観光客らしき若い女性をたくさん見たので、アリスは人気が高いことを再認識した。最近小説や童話を書きたいと思っているので、インスピレーションを得られたらラッキーと思っていた。アリスの話を思い出して、小さいころおばあちゃんに何度も繰り返して読んでとせがんだ記憶が蘇ってきた。アリスが裁判にかけられたり、ピンチになるくだりが、怖いのにとても好きだった。ディズニーの挿絵のアリスの絵もとても可愛くて好きだった。

「すっかり忘れていた」自分につぶやく。最近、ビクトリア女王とインド人の若い男性の友情の話を映画にした実話ベースの作品を見たところだったが、ルイスキャロルはその時代の人と知り、時代背景がより身近に感じられた。昨日古本屋で手に入れた村上春樹の短編の中にも幼馴染の娘に蜂蜜を売るクマの作り話を語ってあげる男の話が出てきた。あの人気作家もひょっとしてアリスやクマのプーさんが好きなのかもしれないと想像してみた。

北野でメルヘンチックな銅製の置物(音楽家が楽器を奏でているもの、童話的なモチーフ)を売っていた女性が、ロマンチックなものを男性客が好み、女性は実用的なアイテムを主に購入すると言っていた。これは、咲には新しい発見だった。この置物作家も、女性だと思ったが、男性作家が作っているとのことだった。

ルイスキャロルも数学教師をしながら、アリスに様々な物語を語って聞かせ、ある日アリスに「今日のお話を書いて本にして。」とお願いされ、一晩かかって書き上げたという。(うろ覚えだが、そんな経緯だったと思う)このアリスの申し出がなかったら、後生の私たちは、この楽しい奇妙な物語に出会えなかったかもしれない。「アリスちゃん、ありがとう」お茶会というとてもイギリス的な習慣が出てくるところも、日本人にとっては魅力的なことだ。外国人は桃太郎を読んで、きびだんごを食べたいと夢見るだろうか?英語では”ピーチ・ボーイ”として訳されているから面白い。

咲の妹は、父に本を読んでもらっていたようで、お気に入りは『北極のムーシカ、ミーシカ』だと言う。人にはそれぞれ、本との出会いがあるようだ。プルーストのマドレーヌを食べて過去を思い出す現象と同じで、不思議のアリス展は子供時代へ誘ってくれた。1400円のタイムトンネルだ。アリス展のポスターには謎めいた言葉が書かれていた。

『だったら、好きな方にすれば』

ちょうど、その時の咲は迷っていることがあった。一つは人とのしがらみで断りにくいこと、もう一つはまさに『好きな方』だったから、縁起担ぎの咲は、好きな方を優先することにした。心の趣くままに。

名古屋に住んでいる咲は、地元ではこの展覧会に足を運ばなかったかもしれない。午後からの予定まで時間があったから、偶然出かけたにすぎない。こう考えたらどうだろう、展覧会に行かせて、『だったら、好きな方にすれば。』とのメッセージを精霊か何かがくれていたとしたら?回りくどいが、ありがたい贈り物だ。

「利益とか、安定とかではないな。私の心が欲する方を選べば良いのかな。」迷える子羊は、ルイスキャロルからのメッセージを胸に前進するのみだ。大きく1つ息を吸うと、咲の胸は希望で膨らんだ。

この展覧会の後、雨が降り出した。午後6時から時間を早めて講座をしてくれることになっていた。それにしてもまだ6時間あった。咲は昨日ブックオフで買っておいた村上春樹の短編集をホテルのロビーで読もうと思った。一冊読み終わったので、フロントの中国人らしい女の子に、「村上春樹好き?」と聞いてみた。彼女が好きだと答えたので、「もし良かったら、この本もらってくれる?」と切り出すと、「日本語では読んでないので嬉しいです」と言われた。荷物も軽くなるし、咲は一度読んだ本を読み返すことがない。

咲はホテルに預けていた荷物を受け取ると(大した荷物ではなかった)雨の降る中駅へと向かった。お腹は空いていなかったが、ケーキとコーヒーで五百円という値段につられ、駅構内のチェーン店らしい喫茶店に入った。そこでは、雨宿りをする人が、濡れた傘を思い思いにテーブルに立てかけたり、席を取る為、店内を回る人など、混み合っていたが、食べ終わったら、瞑想クラスの会場のロビーでもう一冊の本を読もうと思ったので、気にならなかった。

雨はまだ降り続いていたが、3時ごろJRで元町に向かった。実は、地下鉄の駅からの方が近かったことに会館について気がついたが、後の祭りだった。ロビーには空いている席が幾つかあり、隅の方に陣取った。本を読むのにも飽きた頃、メキシコにいた頃の不思議な体験を思い出した。

メキシコでの不思議な体験:
その頃咲はメキシコの日本企業で秘書をしていた。当時、たくさんの日本人が製造のノーハウを教えていて、通訳が3人働いていた。3人は女性、Hさん、Mさん、Yさんだった。3人とも同じ日本人で職場以外でも食事に行ったり付き合いがあった。

Mさんは本当は法律事務所の社長の娘で、「通訳はプライベートで煩わしいことがあったので気分転換でやっている」と言っていた。Mさんは、ボリビア人の母親と日本人の父親の間に生まれたなかなかの美人で、日本語とスペイン語の通訳をしていた。

Yさんは、英語と日本語の通訳で、ネイティブのような素晴らしい英語を話すので好評だった。彼女を最初に見たとき、「とてもスタイルが良く素敵な人だな」と思った。出身地が咲と同じ名古屋だったと記憶している。

Hさんは、アメリカで生まれたせいか、日本語が少したどたどしく、子供のように可愛い喋り方だった。相当な資産家の娘らしく、咲にくれたスカートもドナキャランだったし、乗っている車もスポーツカーで高そうだった。母親のはとこが雅子様のお母さんと言うので日本では巡り会えないタイプの家柄らしかった。

ある日、HさんとYさんと一緒に出かけた。Yさんは「韓国のお金持ちと結婚しているが、自分も夫も自由に恋愛して良いと取り決めがある」と言っていた。実際、ひっきりなしにボーイフレンドから電話がかかってきていた。Hさん、Yさん共にタロットカードや降霊術の勉強をしているようだった。

Yさんはお守りにと言ってチベットのシールをくれたが、咲の部屋の窓の上にチベットのシールを貼ったら、ある週末泥棒に入られた。その窓枠が外れるようになっていたせいではあったが。

Yさんにもらったシールをヘルメットに貼った日本からの出張者はYさんにセクハラ発言をしたという理由で日本に送り返された。セクハラの内容は、ミニスカートを履いてきたYさんに「似合いますね」と言ったという話だった。Yさんは元々この出張者が好きではなかったらしい。

Hさんが、ある日お別れの挨拶で咲の席にやってきた。もう、通訳は一人で良くなったので契約終了とのことだった。咲は可哀想に思って、品質管理や生産管理の部長に通訳のニーズがないか聞きに行った。運良く、品質管理で必要とのことで、Hさんは新しく契約を結ぶことができた。

その頃Mさんはすでに契約を終了していたので、残ったのはYさん、Hさんの2人だった。次の週が始まった。月曜日の朝、Hさんに挨拶すると、
「今朝通勤バスでYさんに会ったらとてもびっくりしていた。自分が切らせた人物がいたから驚いたのかもね」
「そうか、YさんはHさんが邪魔だったから自分だけになるように動いたんだね」
咲たちは、やっと契約終了の裏にYさんの意図があったことに気づいた。

咲は、チベットのシールを貼った窓から泥棒に入られた話をHさんにした。Hさんは「Yさんはブラックマジックを使うから」と言っていた。
どうやら魔術には白と黒があり、白は人を助けるもので”善”、黒は人を陥れるもので”悪”とのことだった。そのせいかは分からないが、最初に綺麗な人と持っていたYさんが、その頃には少しやつれて光彩を放たない存在に見えることに気がついた。

Yさんは、前職で人事部にいたらしい。その企業は日系企業だが人の切り方がシビアで有名な会社だった。Yさんは多くの従業員に首と言い渡して、最終的に自分もレイオフされたと言う。それを知ると、人を恨むようになる気持ちも少し分かる気がした。

しばらくすると、出張者がノーハウを教えるプログラムの終了とともに、通訳スタッフもそれぞれ契約を終了していった、咲は、Mさんと、Hさんとは週末に時々お茶を飲んだりを続けていた。

ある時、Hさんが連絡をくれた。
「昔からお寺に入りたかったんだけど、1ヶ月禅寺の修行をするから、遊びに来て」
と言われた。Hさんはサイキックで人の波動を読むことができたので、興味のある主題でもあったので、1泊2日で遊びに行くことにした。

そこは、メキシコ国境から4時間ほど北に行った山間にあった。
「ここは昔インディアンの人が住んでいたのよ」と聞いて、昔のインディアンしか住んでいないアメリカに思いを馳せた。

Hさんはそこで調理助手をしてボランティアをしていた。そこに住む人々は末期癌の患者だあったり、日常生活を離れて禅修行をする人々だった。日本の禅寺のアメリカ版だった。

肉食はしないので、施設に居住する人は施設内で溜まるストレスを週末に晴らすべく、近隣のステーキハウスに週末隠れて食べに行くと聞いた。禅寺でもゆるい類だったのかもしれない。

Hさんに運気を見てもらおうと、咲は庭のベンチで座った。「何か普段身につけているものを貸して」と言われ、車のキーを渡すと、Hさんはキーに触れながら、リーディングを始めた。
「あなたは今とても快適な職場にいて、上司より恵まれた状況にいる。」
確かに、その職場では簡単なスケジュール管理とお茶を入れたり、愚痴を聞いてあげるくらいの作業しかしていなかった。給料が上司より良いわけではないが、誰にも邪魔されず、安定した生活だった。

その夜、インディアンの亡霊でも出てくるかと思ったが、そんなこともなく、Hさんと四方山話をした。すると、久々にYさんの話になった。
「この間、Y〇〇と言うナンバープレートで私と同じ車で色も一緒のがが停めてあるのを見てゾッとしたのよ」
Hさんはカボチャ色の高級車に乗っていたが、同じ色でYさんではないかと、思ったのだった。YさんはHさんの乗っている車を欲しくなって一緒の色の車を買ったのかもしれなかった。偶然かもしれないが、気持ちの悪い話だった。

Hさんは禅寺で後3週間務めると言っていた。サイキックな週末が終わり、メキシコに戻った。

会社に、メキシコシティ出身のEと言う契約社員がいた。淋しげでどことなくミステリアスな青年だった。何も悪いことをしていないのに、なぜか不幸が寄ってくる、そんなタイプだったので、周りも彼を大切にしてあげていた。
メキシコシティには元妻と女の子がいるが、元妻が娘に会わせてくれないらしかった。

ある時、Eのおばあちゃんが死んだ時の話をしてくれた。「おばあちゃん、魔女だったらしくて、死んだ時衣類の整理をしていたら、魔術の本が出てきた」と言うので、「白魔術?それとも黒?」と聞くと、「両方」と返ってきた。「黒を防ぐためには、白魔術の知識だけでは破れないから、黒も勉強する必要がある」らしい。

その時、咲にはなぜいつも罪のないEに不幸が降りかかるのかを理解した。祖母の使った黒魔術の報いではないかと思ったのだ。確かテレビ番組でそんなことを聞いた気がする。

「悪いことをしてその報いが本人ではなく、何の関係もない子孫に行くことがあるから、可哀想よね」とある番組で言っていたのだ。魔女のおばあちゃんを持つと大変だ。

何年かのち、Eから連絡をもらい、彼が再婚したことを知った。どうやらカルマを返し終わったのか、幸せにしているらしい。今では正社員になって活躍している様子だった。

Hさんは霊能者としてアメリカで生計を立てているようだ。Yさんがどうなったのか定かではないが、咲は人からむやみに物をもらうのはやめることにした。

なぜ今頃メキシコの記憶が蘇ったのかは分からないが、時刻はすでに5時半になっていた。5時45分にニーラ先生から電話で連絡があり、
「もうすぐ着くから待っていて」とのことだった。

時刻通り、むしろ時刻より早く、授業は終わり、咲はお礼を言って終了の印か、領収書を受け取った。先生の旦那さんが車で会館に向かっているから、と言うので顔だけ見て行ってと勧められrて、挨拶をした。先生より年上のように見受けられた。急いでいる様子だったので、急いで挨拶すると、新幹線に乗るべく新神戸駅に向かった。

名古屋に着くと、まだ早い時間で、飼い犬のリッキーがいないので少し寂しい気持ちで床についた。

次の日、咲は次のようなファンタジーの短編を書いてみた。

咲の短編ファンタジー:
”夢物語と思って聞いてください。昔々まだ地球が生まれる前、宇宙の生命体が金星で会議を開きました。生命体はエネルギー体なので、今まで体を持ったことのない精霊たちです。天の声が言いました。
「今地球という星を作ろうとしている。募集しているのは、そこに体を持って生まれたいメンバーのことだ」
精霊たちは、「僕も」「私も」とこぞって地球に生まれることを希望しました。もちろん、体を持つことは、怪我をする、痛みを知る、死ぬ、という今まで彼らが経験していなかったことを修行することなので、生命体としてもっと経験を積みたい精霊はみんな地球で生まれ違っていました。

地球で生まれたい精霊を全部地球に行かせると、戻ってこれないで死んで亡くなってしまう可能性がありました。そこで、希望する精霊の半分を送ります。自分が地球に行く前精霊だったことを忘れないように、神様は精霊の一粒をひと滴垂らして体を作ることにしました。以前試しに送った精霊のうちの殆どが結局自分が精霊だったことを忘れて帰ってこれず肉体の塊として死んでしまったからです。戻ってこれたわずかな精霊は、愛を知っていたお陰で自分の本来の姿を忘れることなく戻ってこれたからでした。

競争率の高い地球での生命体としてのミッション、それを勝ち抜いて行けた者たちなのに、地球上での厳しい生活に忙殺されて次第に愛を忘れて、大半が死んで、土塊になってしまいました。天の声が心配して、時々愛を忘れないようにというメッセージを精霊に選ばれた人々に送るのですが、精霊の記憶を忘れた人間にはなかなかピンとこない様子でした。それでも、精霊のメッセージは、時々お釈迦様やイエスキリストのようなリーダーたちによって伝えられていました。

これでは足りないと判断されて、再び、金星で精霊たちの会議が開かれました。「もっと精霊のメッセージを伝える必要がある」
との天の声の呼びかけに、メッセンジャーを増やすことが決まりました。今度は夢や占いと通して精霊のメッセージをより多くの人に伝えることになりました。

咲はそんな折に夢を見ました。
「咲ちゃん、久子です、今日は、精霊からのメッセージを伝えに来ました。神戸に居て瞑想のクラスを教えているインド人の女性のレッスンを受けてください。」
あまりに具体的なメッセージに咲は企業からの勧誘のような押し付けがましさを感じました。半信半疑で、週末のクラスを取ってみることにしました。その先生は、クラスの前に果物やお線香でお清めをすると、瞑想のクラスを始めました。精霊を呼ぶためでした。精霊は、一生懸命咲にメッセージを伝えようとしたのに、咲のアンテナが鈍っていたので、受け取れませんでした。咲には、愛が不足していたのです。

先は、瞑想クラスで奇跡的なことが起こり、何か人生を変えるメッセージを受け取れるかもしれないと思っていたので、何も起こらなかったのに、新幹線代、ホテル代、クラス台を使った自分にがっかりしていました。
咲の友人の久子には奇跡が起こった話を聞いていたからです。久子はインド人の先生の呼吸法クラスを受けていて、その時瞑想中にドライアイが完治する奇跡に遭遇していたのでした。咲は久子が選ばれて、咲には奇跡が起こらなかったことで自信をすっかり無くしてしまったのです。これは、愛が原因でした。咲は自分を信じていないのです。自分はダメだと思っているのです。

「久子ちゃん、私もクラスを受けたけど、何も奇跡は起きませんでした。先生は『がんが治る人もいるけれど、それは保証できません』と言っていました」

久子にメールを送った後も、咲は気持ちが立て直せず、
「やっぱり、神様は私を愛してくれない」とひがんで過ごしていました。

久子からは「この本読んでみてください」と一冊の本の紹介があったので、その本を買ってみました。本のタイトルは”魂の約束”でした。

その後も、咲は道に迷い続け、自分自身に満足できず、腹を立てて日々を過ごしていました。インターネットで無料のタロットカードを引いてみたりしつつ、2ヶ月が過ぎました。そんなある夜、咲はまた夢を見ました。

それは、精霊たちが金星に集まって地球に行くメンバーを選抜している場面の夢でした。咲は、自分がその精霊の一人だったことを思い出しました。そして久子に次の朝メールを送りました。
「やっと、自分が精霊であった記憶が戻りました。久子ちゃんに起こった奇跡は私には起きなかったけど」すると、咲の頬に涙が溢れてきました。
「ああ、私は自分を許せます。今まで、許せなくて、ごめんなさい。私は自分の人生を愛しています!本当に地球に生まれることができて、ありがたいです。」この言葉を言い終えると、肩から重荷が下されたようにすっきりした気分でした。

咲はもう、自分はダメなんて思いません。咲は咲なりに頑張ってきたのです。体をもらった時から、このように苦しみ、悩むことがプログラムされていたのです。

それを望んで地球に生を受けたことを咲はすっかり綺麗に忘れていたのでした。自分が買った福袋なのに、その中身が何だったか分からなくなっていたのでした。

咲は不安が頭をよぎる度に、不安を体験できているこの人生に感謝することができるようになりました。まるで咲がもう一人いて、この人生の視聴者になって、第3者のように客観的に不安というドラマを楽しめるようになったのです。

地球を救うとは大きなことのようですが、実際は咲が愛に気が付けば十分と言うことでした。

咲は76歳で体としての死を迎えた後、金星に戻り、次の生命体のアドバイザーになりました。自分の失敗を肥やしになかなか人気のアドバイザーとして次に生まれる地球の人間の育成に活躍しているそうです。”

「私、バカみたい」咲は自分の作品を読んで言いました。

その次の日もまた”マーフィーの法則”からインスピレーションを受けた短編を書きました。

マーフィーの法則からインスピレーションを受けた作品:

”「あなたが会社の悪口を言っていると、首を言い渡されるでしょう」
マーフィーの法則の言葉がばっちり当たった。

咲は去年9月のある金曜日、突然会社の人事部から呼び出された。そこで、解雇通知を受け取り損なった。咲には「これは受け取ってはいけない」と直感で分かったからだった。呼び出された場所は動物園の前にあるファミリーレストランだったので、次長と課長の二人を置き去りにして、その場を立ち去った。彼らの言い分は同名の病気で休業が一定期間を超えたため、社則に従って解雇するという内容だった。

前後に起こった出来事から薄々そうなることに気付いていた。「もうどうでも良いや」と持ち前の行き当たりばったりな性格で4月に新しく赴任した社長にお別れのメールを書いた。今までの感謝と、社長への応援のエール、そして最近亡くなった同僚の自殺についての会社の対応に対する不満を書くことも忘れなかった。

次の日は週末だったので、同僚の男性と1日乗車券を使って、名古屋見物の日だった。朝覚王山日泰寺に行き、軽くモーニングを食べて、人事部との激しいやりとりについてコメントした。彼は共感してくれたが、彼自身もいつそうなるか分からない恐怖感もあるのか、踏み込んだことは何もなかった。東山動物園を訪れ、名古屋城に足を伸ばし、最後に豊臣秀吉の生まれたという豊国神社を参った。神社の境内でお茶を飲んでいると、社長からメールの返信が来ていた。
「咲さんを会社に戻すことを約束します。安心してゆっくり休養してください」という内容だった。

咲には何が起こったか分からなかった。同僚の男性にもそのメールを見せた。彼も驚き、一緒に喜んでくれた。
「奇跡だね。これであの会社も変わるかもしれないね」と言ってくれたので、ネガティブな感情に支配されていた咲の心もポジティブな気持ちになった。会社から手紙が届き、休業期間が変更になり、咲はさらに休業することが可能になった。それが、社則が変更になったとの知らせだったからだ。

咲は社長にメールした時、自分の利益については考えていなかった。自死した同僚のためにふさわしい黙祷なり、彼の死を尊厳を持って扱ってほしいという気持ちだった。これが、社長の心を動かしたに違いなかった。

咲の心は安定し、流れに身をまかせることを決意し始めている。タイミング良く、年末と年始に生前贈与と言って予想外の入金があった。休業中は手当金が出るが、通常より給与が減るので嬉しいニュースだった。何故かは分からないが急に2月に為替が郵送されてきて、ある企業から2万円を受け取った。

「お金の悪口を言っていると、お金が入ってきません」と言うマーフィーの法則を1月に聞いてからお金を悪いものと考えないようにしていたのが原因だったのかもしれない。ただの偶然かもしれない。

介護老人ホームにいる父に会いに見舞いに行く時、毎回ジュースや果物、菓子パンを持って行っているので、給与が半分くらいになっている咲にとっては出費ではあったが、「豊かになりたければ人を豊かにしなさい」という言葉を信じていた。父は咲の出費を心配して、一万円くれた。
これもただの偶然かもしれないが、法則には乗っ取っている。

3月にスピリチュアル講演会に大阪まで行き、その講演会の主催のリトリートがあったので、1泊2日のリトリートにも参加した。初めてのリトリートで何をするのか半信半疑だった。

自己紹介で、面白いエピソードが幾つかあった。龍の姿が実際に目の前によく現れるという人もいれば、背中から誰かが出る気配を感じた人もいた。いろいろな超常体験をした人の話は興味深かった。

同室の女性曰く、人間はすべてメッセージを受け取る力を持っているということだった。咲はオーラの泉を見て以来、オーラや超常現象に興味を持っていたのでこのような人々と一緒に居られるだけで、嬉しかった。

このようなスピリチュアル世界との触れ合いで絵を描き始める人もいれば、小説を書き始める人もいると言うので、咲は後者のようだ。同室の女性で絵を描き出した人は作品の写真の幾つかを見せてくれた。

「最善を信じれば、最善なことがあなたに起こります」
大いなる力を信じて、咲も自分の本当にやりたいことを探求する気持ちになってきた。休業は今年の12月中旬まで。小説を書くのに好機だ。

休業が始まったと同時期に父も介護施設に入ったので、時間のある咲は、見舞いにも行ける。

こじつけのようだが、去年の11月に愛犬を亡くした。仕事に行っていれば付き添って看病することも叶わなかったが、休みだったので、きちんと看取ることができた。

新しい犬を迎え入れるのにも丁度時間に余裕があってタイミングが良かった。すべて、天が導いてくれたかのようだった。

咲は僻みっぽいところがある性格だったのに、今では、朝晩、人事部の人々や意地悪してきた同僚にも感謝の祈りを捧げている。こうすると、幸福感に包まれて、心が穏やかになる。

「クリエイティブな仕事をしたい人は、朝晩潜在意識にそれが実現されるよう働きかけてください」
実際、咲は、読書を欠かさないで、読むのに飽きると書き出し、書くのに飽きると読み出す。寝る前に「あのエピソードを作品にしよう」と思ったり、眠っているのに、執筆している感覚があることもある。

咲はリトリートで教えてもらったモーニングノートを時々やってみている。朝でも夜でもいいのだが、ノートとペンを用意して、頭に浮かんだ言葉を書き付けるのだ。

「自動書記はどうやったら出来ますか?」と質問したら、「モーニングノートをやってみたら?」と勧められたのだ。自動書記とは精霊からのメッセージのチャネリングの事だ。精霊からのメッセージを受け取り、それを書き出す作業だ。誰にでもできることらしい。

「自分と同じように相手を思い愛することが愛です」
これは、とても難しい。

今の所、褒める相手も貶す相手も愛犬なので、あまり練習する機会はない。ただ、以前は不安感から相手を疑ったり愚痴を言っていたが、不安感が現れるとすぐに気分を切り替えて不安でないようにしているので、物事について心配する機会が減った。

一つ、咲は一月に2人の友人を失うよう仕向けた。一人は常に相手を傷つけることを言う人で何回かは我慢したが、自分の人格を低くするし、そろそろ、新しい友人の入ってくるスペースも必要だと言うことで別れを告げた。

もう一人は経済的にとてもケチなところがあり、人から与えてもらってもそれに対して慣れてしまっていたので、与えることに疲れたので同じく関係を絶った。

無理して付き合う必要はなく、咲は執筆作業の時間、読書の時間を前より持てるようになったし、不思議に星占いにも一月の友人関係の清算について良い事だと告げていた。それは前もって知っていたのではなく、清算後に振り返ってみてそうだった。これは、咲が違う方向に舵を取った事の象徴かもしれない。

「相手を自分の思い通りに変えようとしてはいけません」
これは、人間関係にとって重要だ。怒る時の立腹の理由は、価値観の相違だとも聞いたことがある。

フジコヘミングのコンサートに行くとある時言ったら、相手が「言った人を複数知っているけど、みんな演奏が下手だと言っていた」と教えてくれた。参考になるようで、お節介な情報で、立ち話をしたその人とそれ以上会話をする気持ちにはならなかった。咲が行って聞いてみて判断すればいい気がした。

咲はフジコヘミングという人物が好きだから、その不遇の青春期を送ったピアニストにエールを送りたい、そして彼女の人生の滲み出る演奏を聴いてみたい、だけかもしれない。上手下手は重要ではなかった。実際、言った相手は、嬉しい気持ちをそぐことが目的だっただけかもしれない。

マーフィーの法則を聞きながら、以上のようなエピソードが咲の頭に浮かんできた。内観というか、自分で自分は見えにくい。こんな作業もたまには良いなと咲は思った。”

咲は次の朝起きると、アメリカに住む妹の美里からメールが来ていた。
「そうか、とりあえず出版したい作品はありそうな感じ?
250万円の内訳ってどうなってるんだろうね。
自費出版、著作権と印税で収入を得る仕組みってどうなってるんだろう。
フランスに留学した時も語学学校行かず、直接大学院にいって効率よく難しい事を達成出来たよね。自分のプロフィールもまとめるといいね。
つてはある?話聞ける人がいるといいね。」と書いてあった。

昨日、出版社から電話があったと書き送ったので、その返事だった。

「いろいろアイディアありがとうね!調べてみます」と、返事を書いた。