僕は君と、本の世界で恋をした。

「え? あ、あのね。じ、実は用事ができて……」

そもそも約束したつもりはないのだけど、菜穂にちゃんと断れなかった手前、自分が悪いことをしているような気分になる。

だけど予定外だったとはいえ、実際私には用事ができていた。

「ちょっと知り合いと行くところがあって、ね」

と慌てて隣にいるはずの彼へ視線を向ける。

「……え?」

けれどなぜか、そこには誰もいなかった。
私は声を一瞬失ってしまう。

あたりを探してみたけれど、彼の姿は見当たらない。

確かにさっきまで一緒に居たはずなのに……。

何が何だか分からなくて放心状態になっていると、菜穂が掴んだままの私の腕をぐいっと引っ張った。

「嘘を言ってごまかそうとしてもダメよ。今日こそは参加してもらうって、私、決めてたんだから」

菜穂が強い力で私を大学構内へと連れ戻していく。

菜穂が私を引っ張りながらサークルのことを話していたけど、突然消えてしまった彼のことで頭がいっぱいで、私は相槌を打つこともできなかった。