エプロンをつけた、大人の女性だった。つっかけを履いて駆けてきたその人は私と日野を交互に見ると、はいっとそれを握らせる。風船だった。
「…やべぇ日野、私喉から手が出るほど風船欲しすぎて幻覚見だしたっぽい」
「おれも今同じこと言おうとしたから多分大丈夫だ多香」
「え、もしかして二人…日野くんに、多香ちゃん?」
半目になって二人して女の人を見ると、あーっと声を上げる。こんな顔面蒼白なところであーって言って欲しくなかった。
「お義母さんからいつも話は聞いてます!しょっちゅう来てくれる可愛い常連さんカップルがいるって!あなた達よね、やだーほんとかわいい!」
「え、お、お義母さん?」
娘です、と奥から出てきた久美子ちゃんを引き寄せてから、脳内パズルが完成する。そういやいと婆が店に出れない時に代打でお店をやりくりしているこの女性を、今まで見かけたことがあった。お義母さんって口ぶりからするに息子さんの嫁、≒久美子ちゃんはいと婆の孫ってことみたいだ。納得。
「あの、いと婆は」
「それが昨日お風呂場で足を滑らせて転んじゃって。大事ないみたいなんだけど、腰を痛めたから私が代わりにお店出てるんです」
「なるほど…で、これは」
「ごめんなさいね、突然こんな子供騙し。迷惑かもだけどよかったらもらってって。もともとは駄菓子とおもちゃの詰め合わせセットに入れるおもちゃの風船だったんだけど、50個発注する予定がお義母さん、間違って500個頼んじゃって。業者は返品受け付けてくれないって言うし、単価自体は高くないからうちは構わないんだけど在庫が多すぎて困ってるんです」
「ゆ、由里子さん、風船は置いといたらいいわ…また次のに使えるでしょ」
「あーもーお義母さん起きてこないでっ!
だいたい結局こんなに置いてても劣化が進んで使い物にならなくなるって、昨晩言ったじゃありませんか!」
ぷんぷんしながら奥へと戻っていくいと婆や久美子ちゃんたちを見送る。それから、私と日野は顔を見合わせた。
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「棚ぼたゲットだぜ」
それ、よろしければ貰い受けます、という言葉に由里子さんからは救世主を見るように跪かれ、いと婆は初めこそちょっとしょんぼりしてたけどそれが私と日野だったことがわかると、快く承諾してくれた。
なって言うと日野も自転車を漕ぎながら頷く。