「因みにペテルギウスとシリウスとプロキオンを繋ぐと冬の大三角になる」

「そんなポケモンいたね」

「おれも思った」


 柵に手を置いてあれはあれは、と前のめりになる多香は、数秒前まで門限を気にして焦っていたくせに今ではすっかり星に夢中だった。

 いつか多香と見上げたときに伝えたいと必死になって覚えた星の名前は、彼女に笑ってほしいただその一心だった。


 ほぼ無自覚に、多香の手に自分の手を重ねた。気持ち悪がられると思ったのに、くたびれた毛玉だらけの手袋は何の抵抗も示さなかった。


 結局ずっとそうしていた。

 多香が指で追いかけた星の名をおれはその場ですぐに答え続けて、かじかんだ手が氷みたいに冷たくなっても、体が芯から冷えきっていても、あの星を見失わない限りはずっとこうしていられるんだと思った。

 幸せを噛み締めると人は泣きそうになるのだろうか。
 空を見上げたまま、冷えた指先で少し多香の手の甲を撫でてやる。





(多香、おれはさ)






 お前となら本気で逃げ出してもいいって思ってた。
 理不尽で不平等で変哲のないこんな世界から。

 そんな戯れ言、この先きっと何があっても、死んでも言わないだろうけど。



 吐き出した白が夜に消えていく。


「多香」


 振り向いた大きな瞳はあのとき、どうして泣き出しそうだったんだろう。




「おれが消えたら、泣く?」

「笑う」