「じゃあ家来る?」


 暇。駄菓子屋行った。ラーメン食った。ゲーセン行った。てっさんいじり飽きた。

 学校が終わり、まだ別れるのが惜しいだなんて思った日。沈黙後3秒間で考えた末に振り絞った勇気はしかし、隣の彼女の顔を心底歪めることになる。


「………日野お前そういうこと言うタマかよ」

「もれなく母親いない」

「日野お前そういうこと言うタマかよ」

「二回言うほど嫌なのかよ」



 多香と、おれは、気がついたらそばにいた。運命とか奇跡とかそういう言葉に縋りたがるのが10代だったとして、お互い出逢った瞬間にそういうものに縁遠そうな二人だと察した。

 だって17と呼ぶにはおれの目に光はなかったし、女子高生と呼ぶには多香は生足出してるくせして色気のクソもなくて、人前で鼻水容赦なく垂らして俺のティッシュアシストを待ってるような人間だったから。

 キスなんてしたことない。手を繋いだことすら。てかそんな絵面想像するだけで笑えてしまう。

 告白だってしてない。自転車が故障して訪れた大澤工具店。そのときはじめててっさんに張った見栄が、だけど突如として二人の関係を変えたっけ。

 まだ寒さの残る、春の日だった。


「んだよ颯太、女連れてんな」

「おっさんタンクトップ寒くない?てか二の腕凄いな触らせて」

「おっさんじゃねー鉄人(てつじ)だ変態」

「多分筋肉フェチ、そいつ」


 チェーンたまにぶっ壊れんのなー。

 寒空の下軍手を付けてがしょんがしょん、と自転車を整備する男子高校生の絵面ったらない。そのくせ人が必死こいてんのに多香は人の隣でチュッパチャップスからころ鳴らしながらしゃがみ込んでるわ。

 ムカついたから冗談で寄越せと手で煽って見せると、自分が咥えていたそれを極々自然に多香のバカはおれの口に突っ込んだ。



 記憶も作業も吹っ飛んでしまった。しかも当の本人は目をぱちくりさせる俺などお構いなし。お前よそでも同じことやってんじゃなかろうな。

 おそらくそれを見たからてっさんは聞いたのだ。


「颯太、こいつお前のこれ?」

「うん彼女」


 決定打なんて打ったもん勝ちだろう。
 小指を掲げてニヤつくてっさんに、飴を咥えて作業しながら放った言葉。

 多香は心底素っ頓狂な顔をしたあと、

「初彼氏、イェーイ」

 と、確かそんなことを言っていた。