母さんが鬱病だと診断されたのは、おれが高校に上がってすぐの頃だった。


「……“統合失調感情障害”?」

「はい。お母さんは統合失調症と鬱病の症状の両方が顕著に現れる病気です。

 不眠、活力や食欲の減退、自責感、絶望感や自殺観念などの抑うつ症状と、今回の日野さんの“誰かが支配しようとしている”といった妄想や、“誰かが自分を殺そうと話したり、相談したりする声が聞こえる”と言った幻聴等の主訴から典型的な統合失調感情障害であると、そう判断しました」

「…………っそんな…、だって、だってちょっと前まで普通に元気だったのに」

「統合失調症や鬱病自体は遺伝、又は内気で控えめな性格の方になりやすいとの文献がありますが、その多くは極端な環境変化や心因性ストレスによって発症することが少なくありません。また、必ずステージというものが存在していて、ある日突然前兆なくこうなることは基本的にないでしょう。

 ここ数年で、お母さんの周りで急激な環境変化やストレスの元になるライフイベントはありませんでしたか」

「…」

「ご家庭内の事情を掘り下げて言及するつもりはありません。

 ですがこの病気は周囲の環境因子が大きく患者さんに影響を及ぼします。今日のことを真摯に受け止めて、きみはこのことをきちんとご家族の方と話し合って、相談し、お母さんを支えてあげてください」






(…家族っておれしかいねーよ)

 和室の窓辺で呆然としていたのは一頻り泣いたあと。
 涙も枯れて視線を落とした腕時計が定刻を過ぎているとわかると、腕で顔を拭って襖を開ける。途端、食卓にいた母親がはっとした様子でおれを見た。


「颯太、颯太、どこ行くの」

「バイトだよ。薬置いとくから12時、昼飯食べたあとちゃんと飲んで。何も食わずに飲むなよ胃が荒れる」

「二錠ね、うん、うんわかったわ」

「13時になったら診察で医院のスタッフさんが迎えに来てくれるから。先生にちゃんと挨拶するんだよ」

「颯太は?颯太はいつ帰ってくるの」

「学校終わってまっすぐ帰って15時半」

「…気をつけてね」



 パーカーの上にダッフルコートを羽織ってから、前を閉じずにふわ、と笑って軽く手を振ると扉が閉まるまで母さんはこっちを見ていた。

 かしゃ、と門扉を閉めて二人で住むには広すぎる一軒家を見上げると、冷えた指先をダッフルコートにねじ込んでは歩き出す。


 母さんが鬱病になった理由。そこには思い当たる節しかなかった。そう、医者が言う「急激な環境変化」は重々に存在していた。