──────て、何だ今のは。


 隣で背もたれに頭を預けた日野は、どこか寂しそうに微笑んでいる。


「………ひの、ごめん」

「なぜ謝る」

「わかんない、でもごめん」

「意味わからん」

「ごめん」

「もういいよ」

「ごめ…っ」

 
 身を乗り出した日野が、私の横顔を振り向かせた。




 それから、唇が触れた。


 キスってもっとこう、甘くて切なくて優しくて、した瞬間涙が溢れたり爪先まで痺れたり、下腹部が疼いたり胸が苦しくなったりするんだと思ってた。

 日野が私にしたそれは至極素っ気なくて、前髪が触れたとわかっただけで、何の香りもしなくて、無色透明だった。



 吐息が白んだ。

 飴色の瞳がそっと私の睫毛を撫でて、何事もなかったようにまた、隣のベンチにもたれかかる。


「いい天気だね」

「そだね」

「…………日野は」

「ん」

「日野は私のこと好きだったのか」

「なんで過去形?」

「なんとなく」

「多香はどうなんですか」

「女性から言わせますか」

「レディーファーストですね」

「ここで使うなや」