「なあんかこんな天気がいいと悩みとかどうでもよくなりそ」

 ベンチにもたれてココア片手にうわ言のように呟いた。隣の日野は遠くを眺めて、白い息を吐き出して、鼻の頭は赤くなっている。

 相変わらずのファッションだ。セーラー服、その首元をマフラーでぐるぐる巻きにした私と、学ランの下にグレーのパーカーを着た、日野。
 日野は私より寒そうにしているが、生足出してる私より幾分恵まれていることを身をもって知るべきだ。



「多香に悩みなんかあんのかよ」

「るっせ。あるよ。足すぐ浮腫むでしょ、数学赤点取りそうでしょ、まつ毛短いでしょ、それからー」

「大根足も付け加えとけば」

「死して償うがいい」

「うそうそうそごめんって」


 高く足を掲げてお前の侮辱した大根は今日も健在だよ、とげしげし蹴ってやると、ほとぼりが冷めた頃ベンチに這い上がってきた日野はココアをまた口に含んだ。


「そういう日野くんはさぞご立派なお悩み抱えてるんですね」

「まあお前よりマシなのは確かだな」

「何を偉そうに。譲るよ解答権」


 日野はその言葉に曖昧に笑って、それから、えっと。どれくらい経過した頃だろう。忘れた頃に、お気に入りの歌を口ずさむように、ゆったりと呟いた。












「おれの母親、鬱病でさ」



 風が吹いた。

 青い空は高く、見上げたら吸い込まれてしまいそう。