12月に入り、目の前には見事なほどのテストの山。
数百あるこれを採点することも今は平気だが、教師になったばかりの頃は毎度うんざりしたものだ。
校内で自室として使っている英語教師室でもうとっぷりと日が暮れた中、一人黙々と採点をしていたら、横に置いていたスマートフォンが震えた。
手にとってメールの送信相手を確認すれば大学時代の友人。
なんとなく嫌な予感がして中を読む。
『久しぶり!
合コンやるから来てくれ』
クリスマスも近い。
一人で過ごしたくないという男女で利害が一致したのだろう。
断りの言葉を簡単に打って送信すると、添削に戻った。
するとすぐにスマートフォンがまた震えている。
今度は電話の着信だ。
表示されている相手の名前を見て、ため息をついて通話ボタンを押した。
『来てくれよ!』
「忙しいんだよ」
第一声がそれか。
『何だよ、既に相手いんの?』
「この時期は、テストの採点やらなんやらで忙しいんだよ」
『誰もいないって訳だよな?
お前が来てくれると女が喜ぶから来てくれよ』
「俺は客寄せパンダか」
『但し持ち帰れるのは1名だけな。
こっちも死活問題なんだ』
「知るか。そもそも持ちかえらねぇよ」
うんざりと椅子の背もたれにもたれかかれば、ギシリと音がした。
『お前みたいに座ってるだけで女が寄ってくる男なんざ本来敵なんだけどな』
「じゃぁ呼ぶな。
要件済んだなら切るぞ」
すると電話の向こうから待て待て!と慌てた声がした。
『見た目格好良いのも呼ぶって言っちまったんだよ。
だから来てくれよ、居て飯だけ食ってけばいいだろ』
「なんで自分で金払ってそんなめんどくさい事しなきゃなんないんだよ」
『可愛い系から美人まで揃ってる、らしい』
「お前、騙されてるんじゃないか?」
よほど必死なんだろう、何だかその必死さが段々可哀想になってきた。
『頼むって!後生だから!』
話す言葉が悲鳴に聞こえる。
「・・・・・・日程が合えばな」
ため息をついて、仕方なくそう答えてしまった。
「「「かんぱーい!!!!」」」
全員でグラスを持ってスタートした。
余程力を入れたかったのだろう、ただの合コンのはずなのに、ホテルにある夜景の綺麗なイタリアンレストランで広めの個室を貸し切っていた。
参加者は男女7人ずつ。
最初は定番の自己紹介から始まる。
こういうのには仕方なく何度か出たことがあるが、最初いつも身につけていたものを気にせずしていったら、そういうものを自動で金額に計算する女というのがいることを知り、それ以降、こういう場に参加する時は出来るだけ質素にしていた。
どちらにしろ教員の仕事の後だったので、一旦家に戻って、そのままのシャツと下だけジーンズにしておいた。
もちろん、いつも浄化され結界の張られた安全な学園外で過ごすので、伊達眼鏡はしている。
そんな格好の自分に比べ、俺以外の男は全員スーツだ。
女性陣は見事なほどワンピース率が高い。
むしろラフな俺が1人浮いている。
まぁどうでもいいが。
「で、こいつが例の藤原。女ホイホイ」
「ふざけた名前つけるなよ」
仕切ってる友人からふざけたあだ名と共に、自己紹介の順番を振られる。
一斉に注目を浴びるが、ため息をつきたいのを押さえて特に表情もかえず答えた。
「藤原光明です。高校で英語教師やってます。
はい、次ぎどうぞ」
他のヤツが趣味やら仕事の事を詳しく話す中で、俺はそれだけ話して次ぎにバトンを投げたので、次のヤツも、女性陣も目を丸くしている。
空気を悪くするつもりもないが、はっきりいって面倒くさい。
幹事をしている友人の顔を潰す訳にはいかないが、既に帰ることしか頭に無かった。
そしてお決まりの自由時間がやってきた。
今回の席はわざとだろうが立食も出来るほど高いテーブルと椅子なので、みな席に座らず、各々飲み物を持って立ちながら話している。
そんな中で端の席に座ったまま、一人バーボンのロックを飲みつつナッツを摘んでいたら、香水の香りが近づいた。
「藤原さんでしたよね?」
穏やかな笑みを浮かべた黒髪の女と茶髪で少しウェーブヘアの女が二人で話しかけてきた。
「えぇ」
「全然他の人と話してないようですけど」
「今日もテストの採点に追われて疲れていましてね」
苦笑い気味に答えると、黒髪の女は大変ですね~と笑顔で返してきた。
「もしかして嫌々参加ですか?」
ウェーブヘアの女が尋ねてくる。
「12月は特に忙しいので勘弁して欲しいと言ったんですけどね」
「お住まいは都心の分譲マンションにお一人とか」
「えぇ、まぁ」
黒髪が突然そんな話題をふってきた。
そう話しかけながら、ちらりと俺の腕時計を確認したのに気がついた。
腕時計と靴を見てまずは判断するタイプか、残念ながらどれも安物だよ。
黒髪の女は清楚そうに見せてるけど、本来のモノが全く違う。
伊達眼鏡をしてきても、それなりに視る力を押さえていても、それでも相手が強いモノを出していれば嫌でも視えてしまう。
一見清楚そうに見える女と一見遊んでそうに見える女は、外見と中身が逆だ。
どうしても下心を強く持つ者が近づいてくると即座に選別してしまうのが、無意識に癖付いている。
つくづく東雲にはこういう女達のようになって欲しく無いと思うが、あいつだけは清廉なまま大人になっていくのではと、勝手に期待してしまう。
ぼんやりそんな事を考えていたら、ウェーブヘアの女の声で意識を戻された。
「凄いですね、教師のお仕事ってそんなに安定してるんですか?」
「マンションは父のですよ。
単に住まわせてもらっているだけです。
教師なんて安月給に決まってるじゃないですか」
自己名義でそれも全額キャッシュで買ったマンションだが、そうでも言わないと食いつかれて恐ろしいことになるのは目に見えている。
それでも二人は俺と話すことを止めようとせず、思ったより相手が簡単に諦めない事に妙に感心した。
ふと目線の端に、酔ったヤツが後ろをみないでふらふらと下がってきているのに気がついた。
案の定、目の前にいたウェーブヘアの女の背中に思い切りぶつかり、彼女が前のめりに転びそうになったのを、素早く立ち上がって肩に片手を回し支えた。
「大丈夫?」
「あっ、はい」
「おい、酔って何やってんだ」
彼女に確認して、手をすぐに離す。
酔った友人に声をかければ、何が起きたのか理解していないのかきょとんとしている。
「彼女にぶつかったんだぞ?
で、言う事は?」
「あ、すみません」
俺の言葉に、酔ったヤツは自分がぶつかったことをやっと気がついて慌てて彼女に謝った。
それを他の友人が面白そうにみている。
「いやー、藤原ってやっぱ教師なんだなぁ」
「こんなので実感しないでくれよ」
苦笑いすると、さっきの女達が近寄ってきた。
「ありがとうございます」
「転ばなくて良かった」
今度は立っているので二人に見上げられているが、何だか急にウーェーブヘアの目が獲物を狩る目になっている気がする。
なんでだ?
のらりくらりと二人の会話に答えていたが、さっきの男達が二人に声をかけ、彼女たちもそちらと話しをし出したので、俺はこっそりと盛り上がっている部屋を出た。