目を開けると、そこには笑っている琢哉(たくや)の顔があった。

「無事、だったんだ……」

「ずっと一緒だよ」

そっと手を伸ばすと、涙で視界が滲んだ。
まわりがばたばたとうるさい。
もうすぐ顔に手がふれる、そう思った瞬間……琢哉の姿が消えた。

「愛菜(まな)!」

「え?
母さん?」

名前を呼ぶ声で我に返った。

全身が痛んで指先すら動かせない。
ピッ、ピッ、聞こえてくる規則正しい電子音。
なんだかよくわからない管やコードがいっぱいだし、それに私の口には酸素マスク。
まわりには医師や看護師が忙しく動き回っている。
その中のひとりが私の傍にきて、酸素マスクをはずした。

「危機は脱しましたので、あとは回復を待つのみです」

「ありがとうございます……!!」

泣いている母さんとその後ろのしかめっ面の父さん。

……きっと泣くのを、我慢しているんだと思う。

えっと、あれ?
なんで私、こんなところにいるの?
ここ、病院だよね?

「……わたし……なんで……」

身体と同じで、思うように声が出ない。
考えようとするんだけど、パニックになるばかりでなにもわからない。

「……なんで……どうして……琢哉……」

あれ?
琢哉って誰だっけ?
わかんない、わかんない、わかんない。

耳に蘇るのはがらがらと重く大きな音と、男の人の怒鳴り声。
それが途絶えて一瞬の静けさのあと、空間を切り裂くような甲高い悲鳴が響き、意識は闇に飲み込まれた。



目を開けると琢哉の顔が見えた。

「琢哉」

手を伸ばすと優しく微笑んでくれる。
少し目尻の下がった、私の大好きな笑顔。

「ずっと一緒だよ」

「……うん」

柔らかいテノールが響いて、涙が目尻から落ちていく。

「たく……」

「愛菜」

琢哉はもう平気なの?

そう聞こうとしたら、母に名前を呼ばれた。
目を開けたそこに琢哉の姿はない。

……あれ?
私、夢でも見ていたのかな。

でも、目尻から枕へ、涙の流れた跡。
わずかに濡れる、髪の毛。
耳には確かに、琢哉の声が残っている。