鷹人がゲージを持って診察室に入る。
一緒に診察室に入った真吏は、ぎょっとした。
鷹人の腹の高さ位の銀色の診察台があり、その向こうに巨体がいたからだ。
診察台の横に痩せ型体型の若い男が立っている。
今風の髪に目鼻立ちの整った顔立ち。
こちらも間違いなく美形である。

「ああ。あなたね」

年齢は四十才くらいの女医だ。
身長は一六十センチと真吏より背は低いが、体重と躯の幅は三倍はありそうだ。

動物看護師の若い男は慣れた手付きでゲージ内の黒猫を抱き、診察台の上に乗せる。
女医のクリームパンのような手が黒猫を撫でた。

「一ヶ月ぶりね、猫もどき。体重は……ああ、倍になったわね。ちょっと大きくなった」

診察台は体重計も兼ねており、乗せるとデジタル表記される。

「気になる事はある?」
「耳の辺りを、よく掻いてます」
「そう。じゃあ、診てみるか」

女医は巨体を揺らして綿棒と拡大鏡を脇の棚から取り出すと、綿棒を耳の中を軽くほじると、臭いを嗅ぎ、拡大鏡で耳の中を覗く。

「悪い臭いはしないし、耳の中も異常はない。ただ単に、掻きたいだけじゃない?クセみたいなもんよ」

診察台の上で黒猫は女医に毛を逆立て威嚇している。
しかし巨体の女医は、まるで動じない。
クリームパンの手が構わず黒猫を、わしゃわしゃと撫でた。

「生意気ねえ。まあ元気があるのはいいことよ。また何かあったら連れてきて」

鷹人は頷き黒猫をゲージに入れると、診察室を出る。

「動物病院の診察室なんて、初めて。いい経験になったわ」

青年が精算を終え病院を出た所で真吏が云った。

「ちゃんと、お世話してるんだね。鷹人君みたいな優しい男の子で良かった」

青年が歳上の元依頼人を見下ろす。

「そんな事を云われたのは、初めてだ」

鷹人は相変わらずの無表情だが感情が動いたように思えて、真吏は悪戯っぽく笑う。

「鷹人君も、照れることがあるんだ。今日はお互いに初めてが多いわね」

真吏は笑い、鷹人は何も云わなかった。
やがて自宅でもある喫茶店にたどり着く。