「おいしい。味が少し薄いけど」
今はヒドではなくアルのようだが、この少年もひとこと多い気がする。
云い方が違うだけで中身は似ているのかもしれない。
「タダで食べておいて厚かましいわね。とりあえず、キャラメルラテはわかったわ。仕事があるから、もう帰ってくれる?」
真吏がため息をつくとアルは真吏を見つめる。
「怒った?」
「というより、呆れたわ」
真吏が再び口を開こうとした時である。
「高竹さんは、どうしてジャーナリストになったの?」
有秀が真吏を見つめる。
それは単純に疑問をたずねる表情であり口調であった。
特に隠す理由もないので真吏は話す事にした。
仕事は残っているのは本当だが、こんなふうに自分のきっかけを他人に打ち明けることは、初めてかもしれない。
「実は父を探しているんだけど……」
二十年前の人工知能暴走事件たが、その被害者に真吏の父親がいた。
はずだった。
確かに巻き込まれたはずなのに遺体は見つからず、そこにいた形跡がまるでなかった。
「あの事件は不可解な点が多すぎるの。警察は発表もないし、何も教えてくれない。だから自分で調べようと思って、ジャーナリストになったのよ」
今日は父親を思い出すことが多いわ、と真吏は食器棚から自分のマグカップを取り出すと、カフェオレを注いだ。
「何かわかった?」
真吏は首を横に振り、スプーンでカフェオレをかきまぜる。
「まったく。生存者の名前も消されてるし。今も、どうしているかわからないし」
プライバシー保護法により人質だった人物の開示はされていないが、警察には記録が残っているはずだが、何の情報も得られないままだ。
「職業でジャーナリストをしていれば、何か掴めると思っていたんだけど。今回はヤバい事になっちゃったわね」
玄関で物音がした。
誰かが静にドアノブを動かしている。
少年も含め来客の予定はないし、第一、チャイムも鳴らさずドアノブを回すだろうか。
心臓が凍りつき、冷たい血が全身に送り込まれているような感覚に包まれた。
躰が凍結するように動かない。
「高竹さん、お客さんみたいだよ」
のんびりとした少年の声を聞き何とか、躰を動かそうと努力する。
ドアは間違いであるかもしれないし、自分の被害妄想かもしれない。
有秀はその様子を視界に入れつつカフェオレカップに口を付け、腕時計を見ている。
「そろそろかな」
残りのカフェオレを全て飲み干し、テーブルに置いた。
「高竹さん、実は今から……」
少年は全てを伝えることができなかった。
いつの間にかマンションベランダもから侵入した何者かによって、催眠ガスが噴射されたからだ。
脳だけ双子の少年の躰がぐらりと揺れて、ソファーに倒れる。
「有秀君!」
真吏は口を手で押さえたものの、無駄な足掻きであった。
真吏もまたリビングに倒れた。
ベランダ側のドアのガラスは切られ、外から人型だが人ではない、それが侵入した。
玄関側からも同じである。
それぞれ動かなくなった女と少年を抱え、外へ連れ出して行った。
その様子を一部始終、目撃していた者がいる。
それはアキラルと名乗る青年でも双子の有秀でもない。
それらの存在に、まだ誰も気づかなかった。
真吏と有道と秀道が拉致されている、ヒューマノイド修理工場を青年が歩いていた。
その後ろには警備ヒューマノイドが何体か倒れている。
警備ヒューマノイドは人間の五倍のパワーがあり探知センサーなども当然ながら、ある。
しかし青年の前ではセキュリティなど、無いも同然だ。
彼の手がヒューマノイドに触れる度に動きが泊まり、倒れていく。
更に一体、倒し進もうとした所で、青年の足が止まる。
声が聞こえたからだ。
赤ん坊のような小さな鳴き声だ。
彼は見渡し場所を特定する。
どうやら部品棚の隙間にいるらしい。
青年の手が入らない小さな隙間に、子猫を見つけた。
全身が黒い黒猫だった。
大きさからして生後一、二ヶ月くらいだろうか。
青年の掌位の大きさだ。
隠れて親猫を呼んでいたのに現れた異端者に、毛を逆立てて威嚇している。
その必死な姿は可愛らしく、アキラルは僅かに瞳を緩ませた。
どこからか工場内に侵入してしまい、警備ヒューマノイドから隠れていたのだろう。
青年が厄介者を無くしてくれたと思ったのかもしれない。
何故ならば彼がその場から去ろうとすると、子猫は後を追いかけてくるのだ。
それに気付き、振り替える。
だが黒猫は警戒し姿を隠す。
「……」
もう一度、肩越しにそれを見やると、いない。
それ以上は振り返らずに奧へ進んだ。
真吏は目を覚ました。
硬く冷たい床の感触を頬に感じる。
「!!」
身を起こそうとしたが腕が後ろ手に束縛されており、口枷で口元を塞がれている為に声を発する事は出来ない。
親指の付け根が束縛具で繋がっている感覚がある。
体には樹脂製のヒューマノイドを束縛時に使用する、細さ0.5ミリ幅の拘束具で動けないようにしてある。
おそらく同様の素材の指錠がされているに違いない。
これは軍にも使用されている束縛具で一度使用すると、切断しない限り絶対に外れない。
そして身動きすればするほど食い込み痛みを伴う。
そしてこれは痛感を鈍くしているヒューマノイド専用の特別な代物だ。
人間の真吏にはどうすることも出来ない。
「有秀君」
寝転された態勢のまま横に顔を動かすと、同じく束縛具で拘束された状態の少年が眠っていた。
少年に危害を加えられていない事に安堵した後、少年を巻き添えにしてしまった事に責任を感じる。
何としても、ここから脱出しなければならない。
そして、あのやる気のなさそうな青年にビンタのひとかでも食らわせてやらなければ、気が収まらない。
真吏は深呼吸をすると、改めて周囲に目を向ける。
ガラス製の円筒が並んでおり、そこに様々なヒューマノイドが入っているのが見えた。
ここはヒューマノイドの工場の中であり、その中の厳重で重厚な扉といい、培養室であるようだ。
ひとつひとつの培養タンクが大きいため、競技場一つ分の広さはある。
というのも小学生の頃の社会科見学で、ここでは無いが同じ設備と扉を見たことがあったからだ。
「ということは……」
真吏が息を呑んだとき、薄暗い室内で重たいスライド音が響き人間の足音が複数聞こえた。
こちらに近づき止まる。
「お目覚めかね。お嬢さん」
中年の男が転がった真吏を見下ろしていた。
他にもう一人の男、そして表情はない無機質のヒューマノイド二体だ。
この二体が真吏と有秀を拐ったのだろう。
警備ヒューマノイドではなく、腕に旭日旗とポリスのアルファベットが記してあった。
そのうちの一体が近づき真吏の口枷を外す。
「……!」
自分を見下ろすこの男を真吏は知っていた。
朝霧修二。
警察署署長をしている男であり、殺人事件の加害者の父親でもある男だ。
「なぜ君は、そこまで関わりたがるのかね」
ヒューマノイド修理工場の責任者である勝部も朝霧の傍らに立ち、真吏を見下ろしている。
「かわいそうになあ。息子の邪魔をしただけで、こんなことになって」
勝部晴久は汗を拭きながら真吏と有道に目を向ける。
「護衛屋を雇ったらしいが、何の役にも立たなかったようだな」
真吏の瞳が眼前の男達を睨んでいる。
こんな連中に屈したくない。
「女の分際で、余計なことに首を突っ込むから、こうなる。とはいえ、おれもそこまで鬼じゃない」
朝霧か真吏を見下ろしている。
「記事を取り下げろ。そうすれば無かったことにしてやる」
「……今さら無駄よ。原稿はもう出版社に渡してある。あなた達のことも記してあるわ」
隣で転がっていた有秀が目を覚ました。
見上げた先に真吏と目が合う。
口枷で真吏同様、口元を塞がれていたが、バイオレットの瞳がアーチ型に微笑する。
無事みたいだね、という少年の声が聞こえたような気がした。
「不幸だったな。居合わせなければ、同じ運命をたどらずに済んだものを」
朝霧は少年がアキラルの代理人である事は知らないのだろうか。
ヒューマノイドが有秀の口枷を外す。
「そうだな」
有道ではなく秀道が口を開いた。
「だが、こうする必要があったんでね」
まるで連れ去りを予見していたかのような台詞である。
朝霧の脳裏に疑問符が浮かび何やら危険信号を感じとった、その時である。
有秀から事前に取り上げた携帯型電話の着信音が鳴った。
「!」
朝霧はそれを無視して電源を切る。
切ったはずだ。
しかし電源を切ってもどのボタンやパネルを押しても、着信音を止める事は出来ないのだ。
業を煮やした朝霧はを近くのヒューマノイド培養液に投げ入れた。
しかしゲル状の培養液の中でも鳴り止むことはなく、着信音を鳴らし続けている。
「あれは何だ!?」
朝霧が声を荒げた時、ヒューマノイド培養室のドアが開かれた。
そして何と厳重なセキュリティーで固められたドアが、呆気なく開いたのである。
扉の向こうから長身の黒ずくめの男が現れた。
「貴様……!?」
「着信音がうるさそうだな」
アキラルが培養液に沈んだまま、着信音を鳴らし続けるスマホに向けて手を振る。
何かの信号を受け取ったかのように途端に着信音は鳴り止んだ。
「おれ以外には止められない。おれの脳信号が、スイッチになっているからだ」
彼は真吏とアルに近づくとナイフを取り出し体を束縛していた拘束具を外した。
「こいつは無事だぞ」
少年の言葉に鷹人は頷く。
真吏は呆気に取られた後、怒鳴りたい気持ちを必死に押さえ込む。
「貴様か。噂は訊いているぞ」
朝霧は鷹人を見つめ、ニヤリと笑った。
鷹人は無言だ。
「私は警官だ。ここの不法侵入で逮捕する事も出来る」
朝霧が合図をすると真吏と少年を捕らえていたヒューマノイド二体が、ゆらりと前に出る。
「お前を逮捕する、凶悪犯。抵抗する場合は殺す」
真吏は声をあげたかったが新たな口輪を噛まされたため、出来なかった。
警察、軍事用ヒューマノイドは特殊だ。
様々な武術、体術を知能チップに組み込んであり、ボディもそれ専用だ。
様々な凶器、銃器に耐えられるように造られており、爆弾にも耐えうる防御力を施されている。
先日、真吏が襲われた時は一体だった。
今回は二体。
いくら強靭な青年でも、殺されてしまうように思われた。
「抵抗しろ、犯罪者。せいぜい踊れ」
朝霧が笑った。
それを合図にヒューマノイドが青年に襲いかかる。
真吏は思わず目を背けた。
「そうするとしよう」
鷹人がぼそりと漏らす。
襲いかかってきたヒューマノイドが青年の躯に触れる直前。
鷹人の躯はヒューマノイドより高く空中に舞い上がる。
成人男性の平均身長のヒューマノイドの頭上にジャンプで飛んでいる。
「!」
人間のあり得ない動きだが、そこはヒューマノイドだ。
即座に反応する。
だが鷹人の方が早い。
両足を繰り出すと唸りのある空気を切る重い音がして、ヒューマノイド二体の顔面に青年の靴底がめり込む。
そのまま蹴り倒す要領で空中で身を回転させると、鷹人は着地する。
恐るべき身体能力だ。
ヒューマノイド二体は顔面を潰され、床に背中から叩きつけられる。
凄まじい勢いのそれは、ヒューマノイドの腕や脚が千切れ吹き飛ぶほどだ。
衝撃でひしゃげた背中はコンクリートの床にめり込んでいる。
それでも立ち上がろうとしたが、力尽きたように動きを止めた。
「ば、ばかな……!」
朝霧の顔を冷や汗が流れる。
この二体のヒューマノイドは、機動隊でテロ対策にも使用されている強固な代物だ。
生身の人間か倒せるはずがない。
だが今、現実にそれが否定された。
「ダンスの相手が、いなくなった」
現実に倒せるはずがない相手をいとも簡単に倒した鷹人は、叩き潰したヒューマノイドに視線を落とす。
「この前のヒューマノイドの方が、よく出来ていたな」
真吏を襲ったヒューマノイドの方が高性能だと、鷹人は云った。
「化け物め!」
朝霧の口から不快な音が聴こえる。
歯ぎしりをしているようだ。
「あれを出せ、勝部!」
朝霧が叫んだ。
「あの化け物を倒すには、あのヒューマノイドを出すしかない」
「し、しかし!」
「どうせ今さら返せんのだろう?使ってやる」
朝霧の形相に勝部は迷っていたが、二体のヒューマノイドを作動させた。
二基の培養装置の中から、それぞれ赤と緑の全身ボンデージを纏った二体の女型ヒューマノイドが姿を現す。
髪を高く結い上げ、端正な顔立ちに紅い唇。
二人とも同じ顔てある。
赤のヒューマノイドは鎖鎌|、緑のヒューマノイドは両手に楔を持っている。
真吏を襲ったヒューマノイドは青いボンデージで、手裏剣と日本刀を所有していた。
「あいつを殺せ。何が護衛屋だ。チンピラめ」
民間人を安全に導く警察官の身でありながら、物騒な台詞を朝霧が叫んだ。
「そうだ。おれは護衛をするだけだ。自分からは手出しはしない」
アキラルが手袋を固定する。
二体のヒューマノイドが左右から襲いかかる!
「火の粉を振り払うだけだ」
赤いヒューマノイドが鎖を投げつけアキラルの腕に絡みつける。
彼はそれを掴み引き摺り手繰りよせる。
間髪いれず刺青、緑のヒューマノイドが楔を突いてくる。
即座に飛んで交わし、掴んでいるいた鎖をその反動で振り上げた。
赤いヒューマノイドが緑のヒューマノイドに叩きつけられたが、受け身を取り即座に身を立て直す。
先ほどのヒューマノイドならば砕けていた攻撃だが、今回は耐えた。
「情報を共有している」
先に倒されたヒューマノイドの発信から、情報を共有しているようだ。
アキラルの動き、体術を攻略し攻撃を流している。
青年とヒューマノイドの攻防は平行線が続いている。
「高竹さん、大丈夫?」
いつの間にか自分の拘束具を外した有秀が、真吏の口輪を外す。
「有秀君、どうやって」
有道は唇を前に突き出し人差し指をあてる。
どこに隠し持っていたのか、指のカフもナイフで切断する。
「静かに。後はアキラルに任せて避難しよう」
「そ、そうは、させるか」
勝部が立っていた。
「もう終わりだ。機動隊のヒューマノイドも、渕脇のヒューマノイドも、破壊された。おれの会社も人生も終わりだ」
震え噛みながらの台詞といい、血走った目付きといい、それが正常な状態ではない事が一目瞭然だ。
手には大きめのスパナを持っている。
「おじさん、落ち着いて。話し合えばわかるよ」
有秀は諭すように云ったが、逆効果だったらしい。
その視線の先には真吏がいる。
「そもそも、ジャーナリスト!お前が余計な記事を書いたからだ」
それを訊いた真吏は憤慨する。
毅然とした目付きで、勝部を真っ直ぐに見た。
「都合悪くなると、そうやって暴力で何もなかったかのようにする。子供をただ甘やかして、あなた自身も成長しなかった。駄々をこねる幼児と同じね」
隣で有秀の有道がアワアワと真吏の腕の服を掴むが、真吏は止めない。
「あなたなんかに負けない。私が死んだところで事実は変わらない。記事は載せる。あなたも終わりよ!」
勝部はスパナを高くかかげる。
有道が前に出て盾になろうとしたが、真吏はそれを突き飛ばしてはね除けた。
少年を身代わりになど出来ない。
「うるせえ、死ね!」
「高竹さん……!」
勝部が降りおろそうとした時、足元を黒い影が素早く横切る。
それは勝部に飛びかかると、手の甲に四本の深い引っ掻き傷を作った。
「ぎゃっ!?な、なんだ!猫!?」
黒い小さな影は一目散に離れた青年に駆け寄ると、足元から肩まで一気に駆け昇り、全身の毛を逆立て威嚇している。
鷹人が、そっと肩の猫に触れた。
「ついて来ていたのか」
途端に黒い子猫は尻尾をピンと立て、青年の掌や顔に身体を擦り、喉を鳴らしている。
「おまえは勇敢だな。礼を云う」
青年が撫でると子猫は誇らしげに、小さく鳴いた。
鷹人が気に入ったらしい。
彼の足元には二体のヒューマノイドが砕けていた。
既に知能チップもう回収してある。
「ぐう……!」
勝部は呻きながら手を抑え突っ伏した。
子猫だが爪は鋭く、深く裂けたようだ。
抑えた指の間から小さな蛇のように、赤い血が流れ落ちている。
戦闘用ヒューマノイドを破壊され、子猫に成敗された二人は戦意を喪失し、項垂れている。
それを見届け有秀が立ち上がる。
「僕らは先に帰るよ。一緒は目立つからね。高竹さん、キャラメルラテ、忘れないでね!」
バイバイ、と手を振ると軽い足取りで修理工場から出て行く。
残された真吏は座ったまま青年を見上げる。
「ありがとう。助かったわ……」
真吏が云った。
「依頼だからな」
青年は無表情だ。
ぶっきらぼうに話す青年に、真吏はクスリと笑う。
「あなたの猫なの?」
肩に乗っている黒猫を見つめた。
黒猫はアキラルの頬にすり寄って喉を鳴らしている。
「そういう訳では、ないんだが」
困惑気味に答える。
ヒューマノイドを破壊した時でさえ感情は動かなかったのに、青年は動揺していた。
真吏が手を伸ばすと黒猫は毛を逆立てて威嚇する。
「なんでよ?さっきは助けてくれたじゃない。性別は」
「オスだな」
「オスなのに、この私になびかないなんて」
真吏はそれなりにモテるし恋愛もしてきた。
だがそれは人間限定であるらしい。
その事情は青年の知るところではない。
真吏の無事を確認したアキラルは、培養液の液を抜くと自分の携帯型電話を回収する。
その間に真吏は立ち上がろうとしたが身体が動かない。
メモリを取り出したアキラルが、座りこんだままの真吏に再び近づく。
「大丈夫か」
「大丈夫なはずなんだけど……立てなくて」
怪我はないようだが腰を抜かしているようだ。
歩けない真吏に手をかけると、鷹人が軽々と肩に担ぎ上げる。
「きゃあ!?」
「あなたでも、そんな声が出るんだな」
鷹人は表情を崩さず、歩み始める。
真吏は顔を真っ赤にして身を震わせていた。
普通はお姫様抱っこじゃないのか。
私は米俵じゃない、と羞恥と怒り混乱が入り交じっている。
「おれを罵倒しないのか」
「するわ。とりあえず、有道くんと秀道くんを一緒に拐わせるなんて。何かあったらどうするつもりだったのよ!」
誘拐されるその前になんとかすれば良かった。
なぜ、そんな危険を伴わせたのか。
「確実な証拠を身を持って、知ることが出来ただろう?」
鷹人は歩みを止めないまま現場を録画した携帯型電話のメモリを、肩口に真吏の顔の前に差し出した。
「有道と秀道も目撃者だ」
青年の顔を見たかったが、背中と後頭部しか見ることが出来なかった。
「私の仕事も、考えてくれたの」
証拠が欲しいとぼやいていた事があった。
青年は答えるまでに、瞬き一回の時間を置いた。
「サービスだ。あなたにそう思ってもらえたら、いいが」
「追加料金なんて云わないでね」
いつの間にかアキラルのポケットの中に忍んだ黒猫が、瞳から上だけを覗かせ周囲をうかがっている。
二人と一匹は青年に連れられて修理工場の外に出ると、夜明けの太陽が笑顔のような朝陽で迎えてくれた。
何だろう。
真吏はどこか懐かしい感覚に陥る。
ずいぶん前に似たような事があったような気がするのだ。
そんなはずはないのに。
夢の既視感だろうか。
担がれたまま、真吏が口を開く。
「ねえ。あなたの名前を教えて?」
「鷹人(たかひと)」
その光の中へ姿を消した入れ違いに、修理工場の騒ぎを不振に思った通行人が通報し、到着した警官が突入する。
とりあえず真吏の護衛の件は解決に至ったようだ。