リビングに入ると、先輩たちがいつもの位置に座っている。

「君。制服は、吊るした方が良くないか?シワになるよ?」
「あっそうですね」

 クリーニングから返ってきた制服は、そのまま吊るせる状態だから、いいけど、今日着ていた物は、ハンガーにかけないとダメだろうな。ハンガーは・・・あるな。
 ユウキのスカートを挟んで、上着をかける。俺のズボンと上着も同じようにする。俺のシャツは、ユウキが着ているから、ユウキのシャツはどうしよう。キャミソールも一緒になっている。

「ユウキ。シャツは洗濯だよな?」
「うん。キャミソールも一緒!」
「わかった、洗濯カゴでいいよな?」
「お願い!」
「はいよ。あっ先輩少し待っててください。部屋に置いてきちゃいます」

「あぁ」
 二人がなにか微妙な顔をしているのが気になるが、突っ込んだら負けなような気がする。

 洗濯物をカゴに入れて、ユウキが使っている部屋に制服を吊るしておく。

 1階に戻ると、話し声が聞こえてくる。

「ユウキ。シャツだけなのか?」
「え?そんなわけ無いですよ。パンツは履いていますよ?」
「ユウキ・・・それは、シャツだけって事だよ。ブラは?」
「しているような感じです」
「してないね」
「うん」
「いつも、そんな格好なのか?」
「え?うん。寝る時は違いますよ!」
「寝る時?」
「うん。寝巻きを着ますよ!」
「・・・ユウキ?」
「はい?」
「どこで寝ている?」
「部屋ですよ?当然ですよ!」

「梓。何を言ってもダメみたいよ」

 リビングのドアを開ける。
 ユウキは気がついていたのだろう、先輩たちだけが振り向いて、少しだけびっくりする。

「飲み物は、コーヒーでいいですか?」
「あっスムージ頂戴!」

 ユウキは、スムージがいいようだから、後回しにして、先に先輩たちのコーヒーを作る事にする。

 コーヒーを作りながら、先輩に聞いてみる
「先輩。原先生って知っていますか?」
「なんだい。急に?」
「いや、今日帰ってくるときに、原先生に声をかけられて、相談したい事があるって言われたのですよ。な?」「うん」

 ユウキは、どこからか・・・あぁ先輩の土産か・・・ケーキを食べ始めている。

「ユウキ。紅茶の方がよくないか?」「うん!この前の奴!」

 ジャスミン茶の事を言っているのはわかる。
 お湯を沸かし始める。コーヒー用に沸かしたお湯では少し足りないだろう。

「原先生なら、僕よりも、美優の方が詳しいよ」
「え?そうなのですか?」
「そうね」
「でも、あぁそうですね。美優先輩は、製図も取っていたのですよね?」
「そ。それで、原先生の何を聞きたいの?」
「どんな先生なのかな?という事と、俺に頼み事をするって事は、そっちだと思いますが、建築科はパソコンをあまり使いませんよね?」

 お湯が湧いたので、先にコーヒーを作り始める。
 豆は、オヤジが買ってきている物を使う。最初、全体に回しかけて、少し時間を置いてから、均等になるように、お湯をゆっくりと注いでいく。

「そうね。多分だけど、建築科のサーバーじゃないかしら?」
「やっぱりですか?」
「それ以外だと、業者が絡む話になるでしょ?」
「はぁそうですね。ちなみに、サーバーにはどんな物が入っているか知っていますか?」
「うーん。建築科の過去問とか、あぁあと、進路相談とかも有ったと思うわよ」
「え?過去問はいいとして、進路相談は、学校のサーバーに入れる約束になっていると思いますけど・・・」
「そうね。でも、確か、建築科は、自前のサーバーに保管していたと思うわよ」
「そうですか・・・」

 厄介な匂いがしてきたな。単純な事ならいいのだけどな。

 新しく沸かしたお湯もできたので、ジャスミン茶をいれる。
 お茶の匂いがしてきたのだろう、ユウキが立ち上がって、カウンターキッチンの所に来て、コーヒーとジャスミン茶を受け取って居る。前かがみになる体制で、男物とはいえシャツだけで、暑いのだろう。上のボタンと下のボタンは外している。
 要約すると、ないとはいえ少し膨らんでいる部分が見えてしまっているし、下着ははっきりと見える。指摘しても、何も良い事はないので、そのまま渡して、カップとコーヒーシュガーとミルクを持って、席に座る。

「あっすみません。今日は、そんな話ではありませんね。それで、決まったのですよね?」
「あぁそれで、最終確認をしてもらおうと思ってな」

 先輩たちは、几帳面にまとめられた計画書をテーブルの上に広げた。

1日目
 深海魚をメインに扱っている水族館に行ってから、ホテルにチェックイン
 沼津のホテルに泊まるようだ。
 翌日に、柿田川湧水を見て、三島に向かう。三嶋大社や佐野美術館を見てから、土肥に向かう。
2日目
 土肥温泉。大江戸温泉ホテルに宿泊。ユウキがここがいいと言ったらしい。夕ご飯と朝ごはんはバイキングだという事だ。
3日目
 チェックアウト後に、天城峠に向かう。道の駅”天城越え”に向かう。目的は、天城わさびの里。昼ごはんになってしまうだろうが、昼ごはんを食べてから、白浜海岸に向かう。
 ペンションを借りる事にしてあるらしい。
4日目
 朝ごはんをペンションで食べてから、135号東伊豆道路を熱海方面に向かう。 ”ライオンもキリンも居ない”体感型動物園に向かう。その後、頑張って、熱川まで移動する。
 熱川のホテルに泊まる。
5日目
 チェックアウト後。午前中に、熱川にある、バナナとワニの園に向かう。ここは、美優先輩が何故か強く行きたいと言ったらしい。
 135号を熱海方面に向かう。途中に、伊豆テディベア・ミュージアムや伊豆オルゴール館や、怪しい少年少女博物館に立ち寄り、熱海に向かう。熱海のホテルに泊まる。
最終日
 チェックアウト後に、御殿場アウトレットモールによって、時間があれば、三島スカイウォークによってから帰る。

 本当に、伊豆を一周する感じになっている。
 予算は心配するなと言われている。その分、ユウキのために使ってやれと言われたので、土産代として持っていく事にした。大量の土産代が必要になるだろう。

「コースや日程はわかりました。それでホテルの部屋なのですが」
「あぁ大丈夫だ。人数を考慮して取っている」
「そうですか、わかりました。梓先輩を信用します」
「大丈夫だ。僕が責任持って予約した!」
「そうですか・・・」

 なにか、怪しい雰囲気があるが、雰囲気だけで問い詰めても、かわされるのが落ちだろう。当日になればわかるだろうし、なるようになるだろう。
 それに・・・。

「ユウキ。美和さんとオフクロに計画見せるのだよな?」
「うっうん。さっき、先輩から送ってもらって、送ったよ」

 髪の毛を触っている。

「本当か?」
「もちろん!」
「なにか言っていたか?」
「ママは、大丈夫って言ってくれた。沙菜さんからは、まだだよ」
「そうか、まぁ美和さんが大丈夫って言っているのなら、オヤジも、桜さんも文句は言わないだろう」
「うん!タクミもこれでいい?」
「あぁユウキがいいのなら、俺は別に大丈夫だからな」
「よかった!梓先輩。美優先輩。お願いします」

 いいか・・・。
 ユウキが楽しみにしているみたいだからな。

「さて、それじゃ、僕たちはお暇させてもらうよ」
「え、あっはい」
「あっ僕が先輩たちを送っていくね!タクミは、洗い物をお願い!」
「あぁ解った。それじゃ、また何か有りましたら連絡します」
「うん。わかった」
「原先生の事で、なにかあったら聞いてね。なんなら、私も一緒に話を聞くからね」
「えっあっそうですね。その時には、ご連絡します。あっユウキ!外に出るなら、これ着ていけよ」

 リビングでくつろぐときに、着ているロングパーカーを投げ渡す。
 ユウキの身長でも、膝上くらいまでの長さになる。

「ありがとう!これ、タクミのだよ?」
「ユウキのは、部屋だろう?取りに行くの面倒だろう?」
「うん。ありがとう!」

 ロングパーカを着込んで、先輩たちと外に出ていく、今日は、俺の家の駐車場には二台の車が泊まっているので、先輩の車は、ユウキの家の駐車場に置いてある。裏側にある駐車場だから、少し歩かなければならない。

 帰ってくるまで、多分10~15分くらいかな?
 走って帰ってくる事を考えて、さっき飲まなかったスムージを飲みたがるだろうから、準備しておこう。

--- 外を歩く3人の女性

「ユウキ。今更だけど、本当に良かったのか?」
「え?何がですか?」

 タクミのパーカーを着て、ご機嫌になっているユウキが答える。

「はぁまぁいいか。・・・ホテルの部屋。ダブルを二部屋しか取っていないぞ?」
「大丈夫ですよ!ママと沙菜さんが、言ってくれた部屋なのですよね?」
「・・・あぁ」
「じゃぁ大丈夫です!」
「うん。ユウキが大丈夫なら、僕たちも問題ないよ」

「ねぇユウキ」
「なんですか?」
「今、着ているの?タクミ君のだよね?」
「そうですよ!」

 両手を広げて、見せる。
 そでが長いようで、全部が出ていない。

「それが寝間着なの?」
「この季節ならそうですね。タクミは、作務衣で作業したまま寝る事がありますが、着替えさせますよ」
「え?あっそう。それじゃ帰ったら、タクミに返すのね」
「そうですよ?」

 ユウキにとっては質問の意図がわからない。首をかしげて、肯定するだけだ。
 先輩たちにとっては、男女、それも、高校生になっている二人の行いが不思議に見えてしまう。しかし、タクミとユウキからしたら子供の頃から、繰り返されてきている日常なのだ。

「ユウキ。今日は、タクミの所に泊まるのか?」
「その予定です。制服も、タクミの所だし、着替えも置いちゃってありますからね」
「そうか、寝る所は?この前、ソファーで寝るとは言っていたからな気になってな」
「部屋にベッドがありますよ」
「(タクミの)部屋のベッド?」
「そうですよ?」
「そう言えば、着替えも、一緒に部屋に持っていたよな?」
「うん。部屋に置いておけば、困らないですからね」
「そう言えば、ユウキのお母さん」「ママ?」
「あぁホテルの事は、なんて言っていた?」
「うーん。いつもと同じだから大丈夫だって、あっ!それでね。ママから、先輩たちに、伝言があった!」
「伝言?」
「うん。娘とタクミをよろしくって!よかったら、旅行の最中に困らないように、連絡先を教えて欲しいって言っていたよ」
「そうか、たしか、ユウキのお母さんは、弁護士だったよな?」
「そうだよ。ミクさんの先輩?先生?みたいな感じだよ。あ!それで、連絡先は、送りますね」

 ユウキは、スマホをポケットから取り出して、転送した。

「ありがとう。後で、連絡しておくよ」
「お願いします。あっ!駐車場です!また、連絡しますね」
「あぁおやすみ。ユウキ」
「おやすみね。ユウキ」
「はい。おやすみなさい。美優先輩。梓先輩!」

 ユウキは、先輩たちが乗った車が、見えなくなるまで見送ってから、タクミの家にダッシュで戻った。

--- 車の中の会話

「ねぇ梓」
「なんだい?」
「制服・・・クリーニングって、篠崎の名前で両方出してあったわよね?」
「あぁそうだな。それに、タクミも、ユウキの制服をまとめて、部屋に持っていったな」
「そうだったわね」

 一息ついてから

「今日の格好・・・タクミ君。絶対に、見えているわよね?」
「だろうな。ユウキが、美優よりも小さいって言っても、見えているだろうな」
「えぇぇぇ私、そんなに小さくないよ!?それに、ショーツも見えているわよね?この前の感じからだと、普段は、お風呂上がりは履いていないみたいな事も言っていたわよね?」
「あぁ今日、僕たちが行くから、履いたって感じだろうな」

「一緒に寝ているような事も言っているし、ダブルで大丈夫なのだろうな」
「そうね」
「ツインにしようかと思ったけど、ユウキから、渡された、美和さんからのメールには、しっかりと”ダブル”と書かれていたからな。男親の方なら、確認するけど、女親の方だからな。僕たちは、ダブルで問題はないからな。それに、家族風呂を付けられる所は付けて欲しい・・・か、一度、美和さんに会って話がしたくなるよ」
「私もだよ」

 二人は、タクミとユウキが親公認で一緒に住んでいると思っている。
 この時点では、肉体関係も無ければ、芽生え始めた感情に気がついていない状態なのだ。母親たちは、それを危惧して、一気に近づけさせる計画を立てていて、ユウキから聞かされた、今回の旅行計画を使う事にしたのだ。
 ユウキが、タクミの事を好きなのは間違いない。美和も、何度か聞いている。はぐらかしたりしているが、間違いない事は解っている。問題は、タクミの方だ。父親たちの”子供家”計画が告げられる前に、認識させておきたいと言うのが、母親の気持ちだったのだ。

 そして、梓が、美和に連絡をして、告げられるのは「タクミとユウキをくっつけて欲しい」だ。
 盛大な勘違いに、気がついた梓と美優は、まずは謝罪してから、その計画を手伝う事にした。ホテルの部屋のグレードを上げる。予約したペンションを、小さい二人用のペンション2つに変更した。それらの資金を、母親たちが出し、旅行計画は思わぬ方向に進んでいく事になる。