──それから間も無く、ボク等は東の対屋に着いた。新たに私室として与えられた部屋は、驚く程広くて…ボクは暫し唖然とする。

造りは勿論のこと、装飾や調度品に到るまで、細部に渡って拘り抜いており、今まで寝泊まりしていた部屋とは、全く比べものにならなかった。

 見事な細工が掘り込まれた欄間(ランマ)。
向き合う鳳凰が大胆に描かれた襖。

金箔が貼られた天井には、緻密に描かれた仏画が施され、宛(サナガ)ら天井曼陀羅(テンジョウマンダラ)の様だ。

 ピカピカに磨き上げられた柱。
漆塗りの文机に蒔絵の文箱。

居間には螺傳細工(ラデンザイク)の屏風が、一際幅を利かせている。

年代物らしき青磁の壺…。
掛け軸も、香炉も、飾り棚にズラリと並べられた天目も…目利きに見せたら、一体どれだけの値が付くのか判らないという逸品揃いだ。

「凄い…!」

 思わず、感嘆の声が洩れる。
一体、いつから準備していたのだろう?
張り替えられたばかりの真新しい畳が、青々と敷き詰められている。清(スガ)しい藺草(イグサ)の薫りが鼻腔を擽(クスグ)り、何とも云えず心地好い。

「ボク…此処に住むの、マジで!?」

 呆気に取られている處(トコ)ろへ、苺が追い打ちを掛ける様に言う。

「飾り棚の天目は、全部、伸ちゃんのコレクションよ。一客数百万円という茶器揃えもあるんだから。壊しちゃ駄目よぉ、薙?」

「げっ!そうなの!?」

趣味だと言うのか、これ全部!?

知らなかった…親父に、こんな収集癖があったとは。茶道の心得がある事すら、初耳である。

 またひとつ、親父の見知らぬ一面を知って、ボクは複雑な気分になった。此処での親父は、そうとう多趣味な風流人だった様である。

一体あと幾つ、隠していた顔があるのだろう?
我が父親ながら、呆れ果てる。