部屋に戻ったものの、小説を書く気なんて起きない。

前回より深く彼を怒らせているのは理解している。
彼が誤解しているのも。

きっと松岡くんが言う通り、立川さんがいる前で私は、恋する乙女のような顔をしているのだろう。

でもそれは彼が私の推しである王子様だからだ。

けれどそれを松岡くんに説明したところで、わかってもらえるとは思えない。

「痛っ」

首を動かすとさっき噛みつかれた場所が引き攣れて痛んだ。
鏡を見るとうっすらと血が滲んでいる。

「こんなに思いっきり噛みつかなくたって……」

私に噛みつくたび、松岡くんはマーキングだと言っていた。
これもやはり、そうなんだろうか。
立川さんに私を取られないための、……最後の、抵抗。

「誤解、なんだけどな……」

なにが小説家だ、こんな簡単な誤解すら解く言葉がわからない。