彼が口付けを落としたのは私の――鼻、だった。

「お子様の紅夏にはそれで十分だ」

「……ひど」

ちゃんと唇にしてほしかった、そんなことを考えている自分を慌てて否定する。

松岡くんは私が本当に好きな人じゃない。
仮の彼氏だ。

――仮、の。

「掃除をいたしますので仕事部屋にご移動願えますか、ご主人様?」

「はいはい」

わざとらしく彼がお辞儀をし、私も苦笑いで仕事部屋へ移動する。

けれどどきどきと速い心臓の鼓動はごまかせない。

本当はうすうす気づいている。

でも私は気づかないふりをした。