見上げると、べっ甲調のボストン眼鏡の男が心配そうに私を見下ろしていた。

「……はい、おかげさまで」

ふんわりと彼の香水なのか、甘い匂いが香った。
心臓は勝手に、どきどきと速い鼓動を刻んでいる。

「ちゃんと前見て歩かないと危ないですよ」

「……はい、すみません」

眼鏡の奥の目が緩いアーチを描き、柔らかく笑う。

「気をつけてくださいね」

「……はい、ありがとうございました」

立ち去る彼の背中を、ぼーっと見送った。

……王子様だ。

見た目もまさしく絵本の王子様だけど、危ないところを助けてくれるなんて、王子様以外ありえない。

「あ、名前……」

せめて名前くらい聞いておけばよかった。