「おやすみ、紅夏」

靴を履いて土間に立つ松岡くんと上がり框に立つ私はほぼ、身長差がない。
なのに肩に手を置いた彼の顔がまっすぐに近づいてくる。
そういう決まりなんだし、ないとわかっていても慌てて目を閉じた、が。

――ちゅっ。

唇が額に触れて目を開ける。

「本当にキスするとでもお思いですか?」

松岡くんが僅かに右の口端を上げて笑い、途端にボッと顔が熱くなる。

「じゃあ仕事、頑張って。
でも、無理しないでください」

荷物を重そうに肩をかけ、ひらひらと手を振って帰っていく松岡くんをぼーっと見送った。
ぴしゃっと玄関が閉まり、気が抜けてその場に座り込もうとした瞬間。

「あ、戸締まりはしっかりしとけよ」