意を決するように手を握る。
一歩踏み出す僕をじーっとこちらを見ている。
近づき、目線を合わせるように腰をかがめると、皺が刻まれた顔に面影が重なる。
今の彼女は僕を覚えてはいない。
この先に思い出すことがあるのかどうかも分からない。
このは先生は僕にとって大きな存在だけれど、このは先生にとっての僕はどんな存在だったのか。
関わりがとても深い訳でもない、そんな僕を健常者であったとしても記憶に留めていてくれたかは分からない。
そしてそれを知る術は僕にはない。
「……こんにちは。町田元信と言います」
「……」
挨拶には無言で、それでも会釈を返してくれた。
「週に二回、これからよろしくお願いします」
「何?」
「ちょっと体を動かしたり、折り紙したり。賑やかで楽しいですよ」
「折り紙」
「そうです、折り紙」
嬉しそうに綻ぶ顔でひととき警戒心を緩めてくれたのを感じる。
このは先生、相変わらず僕は僕が嫌いです。
人を憎めてしまえる自分が嫌いです。
だけどあなたはそれでいいと言ってくれた。
感情なんてどうにもできないことを、無理に殺す必要などないと。
僕は僕が嫌いだけれど、許せないほどには嫌いではなくなったかもしれません。
『それでいいよ、大丈夫』と、きっとあなたは言ってくれる。
自分を許せる優しさと強さをあなたは僕に教えてくれたのかもしれません。
これから幾度も僕とこのは先生は出逢うだろう。
時には『はじめまして』と、時には『綺麗な花が咲いてますね』と、言葉を交わしながら。
ぐらぐらと揺れ動く記憶の中に、懐かしさを感じながら……。
そこに僕が憧れたあの日の彼女が居なくても。
アスファルトに咲く・完