「コントロール出来てたら世の中もっと平和だったはずよね」と続けて寂しそうに笑った。

「僕は……、僕は僕が嫌いです。お父さんのことも、お母さんのことも怨んでしまう自分が嫌いです」
「そう」

しばらくの間沈黙が落ちる。
重たい空気を遮るように扉が開かれた。

「あら?まだいたの。青柳先生、この教室戸締りお願いしますね」

戸締りの見回りをしていたのだろう先生はこのは先生にそう言って去っていった。
はい、と応じたこのは先生がこちらを向きなおして口を開いた。

「嫌い、を許せる人になれたら良いね。嫌いだからって攻撃するんじゃなくて、自分には嫌いなものがある。嫌いな人がいる。どうしようも無いことがある。そうやって、嫌いを許せるようになったらきっともっと優しくなれるよ」
「僕は優しくなんてないです」
「ううん。優しいよ、町田くんは」

返す言葉が見つからずにいると、このは先生は立ち上がり僕を帰宅へと促す。

「鍵を取ってこなくちゃ。さ、行きましょう。……ねぇ、町田くん。一年間、先生の生徒でいてくれてありがとうね」

微笑んでいるあなたは、僕の憧れ。

小学六年生になって、このは先生とは違う先生が僕の担任になったけれど僕の日々は相変わらずで、特にこれといった鮮烈な思い出もない。
強いて言うならば、夏頃にこのは先生が結婚をしたくらいだ。
青柳から若松に苗字を変えたこのは先生が、生徒たちからおめでとうを照れくさそうに、幸せそうに受け取っていたのを横目に見た。

小学五年生の頃に出会った、僕の憧れ。
恋愛感情とは違う母親を想うものとも違う、他の誰とも違う憧れ。
強く鮮明に、齢五十を過ぎた今の僕に残っている。






若松、と表札にある。
この家で間違いはないだろう。
手元にある住所とも合致する。
今日は職員としてきたけれど、職員の本分を越える行為なので車は近くのコインパークに入れている。
少し緊張をして、チャイムを押した。

「デイサービスみどりの風の町田元信と言います」