ヴェルト・マギ―ア ソフィアと黒の魔法教団

どうする……いったいどうすればソフィアを助けに行ける?!
 
俺の中で焦りが生まれ考えが上手くまとまらない。

「はあ……まったく」
 
深く溜め息を付いたテトはブローチに触れると、ある一冊の分厚い魔法書を取り出した。

「アレス。今からあなたは使い魔と契約しなさい」

「……は?」
 
こんな時に何を言っているんだ? 使い魔と契約している時間なんてないのに。

「今はそんなことしている場合じゃないだろ?! 一刻も早くソフィアを助けに行かないと」

「だから私の言うことを聞きなさいと言っているのよ」
 
テトの黄金に輝く瞳が鋭く光ったように見えた。

それを見た俺は何も言えなくなってしまい小さく頷いた。

♢ ♢ ♢

部屋にあったチョークを適当に借りて、テトに言われた通りの魔法陣を描いていく。
 
使い魔と契約する為の魔法陣を描くのは今回が初めてだったから、これで本当に使い魔が出て来てくれるか不安だった。

でも今このタイミングで俺に使い魔と契約させようとしているってことは、テトに何か考えがあるんだろう。

「良い? これからあなたには【ムニン】と契約してもらうわよ」

「ムニン?」

「ムニンは使い魔の中ではとても優秀な子なのよ。特に【記憶】に関する方にね」
 
テトの言葉を聞いて俺の中である考えが浮かんだ。

「まさかそのムニンって使い魔に、魔法陣を描かせるんだな?」

「それも良い案だと思うけど時間がない以上は、ムニンに記憶を失わない魔法をかけてもらった方が早いわね」

使い魔っていろんな奴がいるのか……。
 
警察が契約している使い魔は魔犬で、犯人を追ったり居場所を突き止める時に、犯人が所有していた物の臭いを嗅がせ捜査をさせるらしい。

それぞれの職業にあった使い魔を契約する人が多く居て、ペットとして使い魔と契約する子も少なくないらしい。
「それじゃあ始めるわよ」
 
テトは爪を出すと俺の指先を強く引っ掻いた。

「いって! ……いきなり何をするんだ?!」

「使い魔の契約にはあなたの血が必要なのよ」
 
指先から流れる血が魔法陣の上に一滴落ちる。すると魔法陣は眩い光を放ち始める。

「さあ願いなさい。これでムニンが来てくれなかったら、ソフィアを助ける手段は無くなると思いなさい」

「ああ!」
 
俺は目を瞑り光を放つ魔法陣に手をかざす。

お願いだムニン。俺にお前の力を貸して欲しい。助けたい人がいるんだ!

そいつは素直じゃなくて意地っ張りで、自分の決めた事を最後までやり通す力を持った子なんだ。

そう生きてきたせいかもしれないけど、あいつは俺の力になりたいと言ってくれた。

泣き虫で俺の後ろばかり追いかけてきていたあいつが、そう言ってくれた時嬉しかった。そんなあいつは俺にとっては大切な子なんだ。

でもあいつは……ソフィアは俺のせいで、サルワに連れて行かれてしまった。

ソフィアが魔人族の純血種だって知ったあいつが、ソフィアを放っておくはずがなかった。

俺はその可能性を視野に入れずソフィアをここに連れてきた。そのせいでソフィアは連れて行かれた。

これは俺の落ち度だ。こんな俺がお前に力を求めるのは筋違いかもしれない。でも今はお前の力が必要なんだ。

だから頼む! お前の力を貸してくれ!
「長い……」

「えっ?」
 
眩い光を放っていた魔法陣から、何かが召喚されたのか白い煙が上がった。

「確かに願いは必要だ。だがその願いが長すぎるんだよ!」

「へっ……」
 
魔法陣の上にはちょこんと黒い獣が座っていた。黄緑色の瞳がギロリとこちらに見上げられる。

「こんばんは、ムニン。相変わらず口は悪いのね」
 
テトはムニンの側まで歩いてくると隣に座った。

「あんただろ? こいつに僕を召喚するように言ったのは?」

「そうよ」
 
ムニンは深く息を吐くと、俺に目を戻す。

何か……思っていたのとだいぶ違うんだけど……。
 
大きさはテトくらいだ。それにこの見た目は――

「狐か?」

「狐じゃない! 失礼な奴だな!」
 
やっぱり狐じゃない……か。狐ならもっとモフモフしているし、ムニンの毛並みは硬そうに見える。

「僕は狼だ!」

「えっ……狼?」
 
その可愛い見た目で狼なのか? ……いやでも、言われてみれば狼だな。

「くだらないことで、言い合っている場合じゃないでしょ?」

「僕にとっては重要なことだ!」
 
テトはムニンを黙らせるように、柔らかい肉球でムニンの口元を抑えた。

「アレス。用件をムニンに言いなさい」

「わ、分かった」
 
俺はしゃがみ込みムニンに頭を下げる。

「頼むムニン! お前の力を貸して欲しいんだ」

「嫌だね」
 
ムニンは間を空けることなく即答でそう応えた。
「即答! な、何故だ!」

「何故って……ちゃんとした理由を聞いていないからだ」

「あ……そっか」
 
俺は少し間を置いてから話し始めた。

「実は――」
 
俺はこれまでの事を手短に説明した。

「なるほど。そのソフィアって子がヴェルト・マギーアを完成させる鍵で、ヴェルト・マギーアを発動させない為にも彼女を助けに行きたいと」
 
俺の言葉をムニンは頷きながら聞いていた。

「サルワたちは忘却の山にいるんだ。だから――」

「僕の力が必要なんだろ?」
 
ムニンの言葉に頷いた俺は、両手と両膝を付いて深く頭を下げた。

「お願いだムニン! 一刻を争うんだ! 俺たちに……力を貸してくれ!」

「……」
 
ムニンは黙ったまま俺をじっと見てきた。
 
今の俺に出来ることは頭を上げることだけだ。これでムニンに断られたら俺はどうすればいい……。

「探偵として有名なアレスにここまでさせたんだから、もちろん力貸してくれるわよね?」

「……分かったよ」

「ほ、本当か!」
 
ムニンは面倒くさそうな表情を浮かべると言う。

「ただし仮契約な」

「仮契約?」
 
何で仮契約なんだ?

「この先ずっと力を貸すわけじゃないんだ。それだったら仮契約で充分。それにお前みたいな【混じった奴】と契約することを、僕は簡単に判断したくない」

「混じった奴って?」
 
どういう意味だ?

「良いじゃない仮契約でも。ムニンが本契約をするかどうかは、今後の行動次第で決まるんだから」

「あ、ああ」
 
さっきのムニンの言葉が少し気になる。でも今はソフィアを助けることが最優先だ。

その言葉の意味は後で直接聞けばいい。
「じゃあ、仮契約するぞ」
 
ムニンは小さな手を俺に差し出す。

「お前の指も出せ」

「分かった」
 
ムニンに言われるがまま俺は人差し指を差し出す。ムニンの指先と俺の指先が触れた時、俺の体が白く光り始めた。

「な、なんだこれ?」
 
光りは体から弾け飛ぶと俺の鎖骨近くに白い痣を作った。痣の形は三日月で、三日月の中に小さな星が浮かんでいた。

「それが仮契約の印だ」

「これが……」

「ソフィアの体にも、似たような紋章があるわよ」

「それで、仮契約をしてみた気分はどうだ?」
 
【どうだ?】と聞かれても返答に困る。

別にどこか変わったところもないし、魔力が上がったわけじゃない。変わった事と言えば痣が付いたってことだけだ。

「これでムニンの力が使えるのか?」

「そんなわけないだろ。お前が僕に命令すれば、僕がお前の命令に従って力を使うんだ」

「な、なるほど」
 
口調が悪いところは見逃すとしよう……。でもソフィアがテトに命令しているの姿は見たことがない。

そもそもテトは何の使い魔なんだ?

「忘却の山にはこれから行くんだろ?」

「もちろんだ。早くソフィアを助けださないと」

「行くのは良いけど、貴方一人で行くつもりかしら?」

「あっ……」
 
よく考えたら今の俺は一人だった。さっきはソフィアが居てくれたから、二人で何とかなると思っていたけど、一人であいつら全員を相手にするのはさすがに無理だ。
 
そう思った俺は頭を抱えて唸り始めた。
「馬鹿かあいつ」

「同じ意見よ」
 
二人はそう呟きながら俺の様子を伺っていた。

「そうだ……あいつがいた!」
 
俺は持ってきていた仕事鞄から携帯を取り出す。

「なにそれ?」

「これは携帯型通信用魔道具――通称【携帯】って言って、遠くに居る人物と連絡を取ることが出来る物なんだ」

「あなたの発明品かしら?」

「……普通に販売されてるけど?」
 
いつも口癖のように【ソフィアの使い魔だから、知らないことはないのよ】って、似たようなことを言っているのに、こういう事に関しては知らなかったりするのか?

「そういえば……そんな物があったわね。ソフィアはそんな物使わないから忘れてたわ」

「そんなこと言ってるのお前くらいだぞ? 最近は使い魔たちも使っているし僕だって」

テトはムニンを黙らせるように、肉球を使って再びムニンの口を覆った。俺は苦笑しながらある人物へと電話をかける。

【……こんな夜遅くにいったい何の用なの?】

「あ、出た」
 
時間はとっくに深夜を回っているから電話に出てくれないと思っていたけど、どうやらまだ起きていたみたいだ。

【まあ……あなたのことだから、何か大切な事で電話してきたんでしょうけど。どうしたの?】

「時間がないから集合場所だけ言う。今から忘却の山に来てくれ」

【……っ!】
 
何か飲んでいたところだったのか、忘却の山と聞いた彼女は少しむせる。

【もしかして……あなたが私に聞いてきた事に関しての記憶でも、消そうと思っているの?】
 
彼女の言葉に俺は慌てて否定する。
「そんなわけないだろ! 理由は来てから説明するから、とにかく忘却の山の入口に来てくれ」

【……分かった】
 
彼女との通話を終えた俺は鞄に携帯をしまう。

「誰と話していたの?」

「カレンだよ」

「カレン?」
 
その名前に聞き覚えがあるのかテトは少し考え始めた。
 
するとどこから出したのか、手帳も持ったムニンが話し始める。

「【氷結の魔道士カレン】。エアトート魔法学校には在学していないが、その実力は紫雫(むらさきしずく)の生徒たちにも匹敵する程のものらしい」

「名前は聞いた事あったけど、そこまでの魔道士だとは思わなかったわね」
 
テトはそう言うとなぜか疑わしげな目で俺を見上げてきた。

「……なんだよ?」

「別に……あなたにはソフィアが居るのに、他の女の子と仲が良いんだって少し思っただけよ」

「はあ?!」
 
いやいや誤解だ! カレンとは何回か仕事が一緒になったことがあるだけで、テトが怪しむような関係じゃない。

「カレンはただの仕事仲間だ。それに俺はソフィアの事は何とも思っていない」

「僕を呼び出す時に大切な人だって言ってたよな? あれは嘘だったのか?」

「そ、それは違わないけど……」
 
それとこれとでは気持ちが全然違う。確かにソフィアは大切な子だ。

でもそれが好きだっていう感情なのかどうかは俺には分からない。
「その話は後程ね。カレンが強い魔道士ならとても心強いわ」

「ああ。それにカレンも、あの教団を追っているんだ」

「何か関係があるの?」

「詳しく話すことは出来ない」

「守秘義務ってやつかしら?」
 
テトの言葉に俺は頷く。カレン本人から口止めされているってのもあるけど、今ここで話すべき事じゃない。それに言わなくても直ぐに分かることだ。

「分かったわよ。詮索しないでおいてあげる」

「助かる」
 
俺は忘却の山に急ぐべく研究所を後にした。
 
ヴェルト・マギーアを完成させる前に絶対にソフィアを取り戻すんだ。

「待ってろよ、ソフィア!」

ここから微かに見える忘却の山を俺は睨みつけた。
「んっ……」
 
甘い臭いがする……それに体も酷くだるい。

クラクラしながらも目を開けると視界がぼやけて見える。

「ここは?」
 
体を動かそうとした時、鎖の音が耳に届き手首に目を向けると。

「な、なにこれ……」
 
両手首には鎖の付いた手枷がはめられていた。手首以外に両足首にも足枷がはめられている。

「……」
 
私は今どこに居るの? アレスはどうしたの?

「目が覚めたかな?」

「――っ!」
 
聞き覚えのある声が部屋の中に響いた。私は声のする方へと目を向ける。

「……サルワ」
 
そこには赤黒のマントを羽織ったサルワが、ニヤリと笑いながら立っていた。

「私を……どうするつもりなの? テトは……アレスはどうしたの?!」

「安心したまえ。ちゃんと説明してあげるから」
 
サルワはあるケースから注射針を取り出すと、それを私の首元に突き刺した。

「いたっ!」
 
チクリと首元に痛みが走る。そのままサルワは注射器の中に入っている液体を注入していく。

「な……にこれ?」
 
薬の影響なのか体が徐々に熱くなるのを感じる。息遣いも荒くなってきた。

「君には雫の入れ物になってもらう」

「雫の……入れ物?」
 
確か……アレスが言ってた。

「私の体を……使って人造人間の実験でもするつもり?」

「いや、そうじゃない」
 
サルワは私の胸元の服を掴み思いっきり引っ張ると破り捨てた。

「きゃあっ!」

「可愛い声を出すね」

「この……変態!」
 
両手が使えたらこんな奴殴っているところなのに!