朝を待って、少年は父の残していった服を着た。

 少年は自分がまだ子供であることをわかっていた。だから補導されないように少しでも大人っぽく見せる必要があった。

 父の背広はすこし少年には大きかった。特に腹回りはブカブカで、ベルトでしめると、まるで無声映画に出てくるコメディアンのようだった。あの日母親に買ってもらった服は格好がよかったが、もう小さくなってしまっていた。

「おい、じゃまするぜ」と芝居がかった声がした。

 玄関の横にある流し台の小窓のむこうに男の顔があった。

「なあ、あけてくんねえか」

 有無を言わせない大人の男の声だった。少年は玄関をあけた。背の高い男だった。頬がこけていて、目が細かった。