突然足の力が抜けた。

そのまま床に座り込んでしまう。


痛さは感じなかった。

自分がどんな態勢になっているのか分からないが、辛くは無かった。



そろそろ検温の時間だった。


誰も来ない。


もちろんだ。

彼は死んだのだ。


体温を計る必要はもう無い。


だが、そのことがさらに彼が死んだのだということを思い知らせるようで嫌だった。




控えめなノックの音の後に、病室のドアが開いた。

彼のお母さんだった。


彼のお母さんは私を見ると、私の名前を呼びながら、慌てて私を抱き起こし、椅子に座らせた。

あまりにも私が病室から出てくるのが遅いから、心配して見に来てくれたそうだ。


悪いことをしてしまった。



彼のお母さんは、私に上着を着せ掛けてくれた。


でも違った。

彼とは、違った。


彼のお母さんの掛けかたも優しいのだけれど、彼の掛け方とは違った。


彼に掛けて欲しい。

彼に目覚めて欲しい。

彼に笑いかけて欲しい。


彼のお葬式の日取りが決まったそうだ。

お通夜が明後日、お葬式が明々後日だそうだ。


そうして彼は焼かれて、跡形も無くなくなる。

今にも彼の声が聞こえてきそうなのに、彼の体は焼かれてなくなってしまう。


もう彼の声は聞けなくなってしまう。




――もう彼の歌は聴けなくなってしまう。





彼のお母さんが私を外に出るように促した。


私は首を横に振った。

もう後悔したくないと思った。


別に適当に生きてきたのではないのだが、彼にしてあげられたことはもっとあった。


私はもらってばっかりだった。

彼は、とても強い人間だった。

最期まで彼は私に生きる力をくれた。



それならば、夕飯をここへ持ってくるという話だ。

だが、私はそれも拒否した。


とても喉を通らない。