「ピカピカにしなくていいのよ。
 一枚にそんなかかってたら、終わらないじゃないのよ」

 あーあ、もう、と溜息をついた百合子が、
「高坂さんの愛人さん、洗濯機買ってよー、洗濯機ー」
と言い出す。

 この時代の洗濯機はまだ非情に高価で、庶民には手の出ないものだった。

 駄々をこねる百合子を多江(たえ)というおとなしい看護師が笑って見ている。

 でも、これはこれで長閑だな、と思いながら、真生は天気のいい空を見上げた。

 やがて戦争が始まると、今使っている固形石鹸なども手に入らなくなり、時代が戻ったかのように、再び、ソーダや灰汁(あく)などで洗うようになったという。

 このまま、戦争なんて始まらなければいいのにと思うが、その未来も、もう確定してしまっている未来だ。

 歴史の流れから、はみ出しているような自分でさえ、所詮はその流れに沿って動いているだけの存在なのだと真生は知っていた。