彼とも会えなくて、鬱々とした気分を抱えながら、まんじりともしない入院生活を送る日々。でも一週間を過ぎる頃には学校も夏休みに突入していて、鞠は毎日のようにお見舞いに来て、私を元気付けてくれていた。

「どう?」

 今日は、先日テレビで紹介されていたという評判のシュークリームを、並んでまで買ってきてくれたらしい。
 クリームを口の周りに付けながら、鞠と一緒に私はそれを頬張った。

「元気になって来たよ。予定よりこれ、早く外せるみたい」

 装置をシュークリームで指しながら、指に付いたバニラビーンズたっぷりのカスタードをぺろりと舐める。
 それを見て鞠はニヤリ。

「やっと藤倉君に会えるね」
「うん」
「ふふっ。そういえばこの前帰りに寄ったけど、あんまり元気なかったんだよ。きっと美麗に会えないから寂しいんだね」

 彼はどうやら両足を骨折しているらしく、未だにベッドから動けないそうだ。ぎちぎちに巻かれた包帯が痛々しいと鞠から聞いた。

「会いたいな」

 声が聞きたい。

「きっともうすぐ会えるよ」


 鞠が励ましてくれた数日後、私の肺はうまいこと塞がり、漸く管を抜くことができた
 意識を取り戻して間もない頃、動けないことを知った手芸部の先輩が、夏休みのレース展に出品しようと意気込んでいた、私の作りかけのレース編みを、お見舞いの品と共に手慰みにと持って来てくれたことがあった。
 完成間近だったタペストリーは、結局この事故で間に合わせることができず、今も私の手元にある。
 一人で頭を悩ませたってどうせネガティブな考えしか浮かんでこないのだから、これ幸いと没頭すれば良かったのだけれども、どうしても手に取る気持ちにはなれず、持ち込まれたときの姿のまま、備え付けられた棚の中にずっと入れっぱなしになっていた。

 けど漸く、私はこのベッドから離れることができるようになった。
 暫くは体力が落ちていることもあって思うように歩けず、壁伝いをずるように歩くしかない。折れた肋骨はバンドを巻いて固定していて、痛いし苦しいしで、たまに夜も眠れなかったりする。辛いと思う日もあるけど、これでやっと彼に会える。今はそのことが嬉しくて、私は懸命に彼の部屋を目指した。

 病室は鞠から聞いて知っている。
 顔を見たら喜んでくれるかな? はやる気持ちを押さえながら進むと、前方に見知った背中が現れた。

「琴平さん……」

 小さな声だったけど、冷たく光るリノリウムに反射して、やけに響いた。
 目が覚めた次の日、鞠と一緒にお見舞いに来てくれた琴平さん。可愛いお花を届けてくれて嬉しかったけど、そうだ、藤倉君のことが好きな彼女のことだもの。彼のお見舞いだってするに決まっていたのだ。

「月島さん、もう起きれるの?」

 気付いた琴平さんは私を振り返る。その顔に疚しさは微塵も浮かんでいなくて、少しだけほっとしてしまった。
 手元を見れば、色紙だろうか、それと小さな花束が握られていた。

「ああ、これ?」

 視線に気付いた彼女が色紙を差し出す。見ればそれは、バスケ部の部員による寄せ書きのようだった。

「早く元気になるようにって、みんなで書いたの」
「そうなんだ」

 それを代表して彼女が持ってきた、それだけのようだった。
 立候補したのか押し付けられたのかは分からないけど、今はなるべく気にしないようにした。だって、気にしてしまえば、どんどん嵌って囚われてしまう。修正力という、私の努力を嘲笑う言葉に。

「藤倉君の所に行くつもりだったの?」
「あ、うん」
「じゃあこれ、月島さんが届けて」

 彼女はちょっとだけ逡巡したけど、色紙と花束を私へと押し付ける。

「え、でも」
「私より、好きな子に届けてもらう方が早く元気になるでしょ」

 そんなに顔に出ていただろうか……
 確かに彼女が藤倉君に会うことに抵抗はあるけど、それでは何だか、私が酷く心の狭い人間のような気がして躊躇ってしまう。

「バスケ部の色紙なんだから、部外者が渡すより、部員の琴平さんが渡した方が良いよ」

 多少は強がりだったけど、言ったことは本当にそうだと思ったから、すんなりと口から出た。すると琴平さんもそれ以上問答をする気はないようで、あっさりと、じゃあ行こうか、と歩き始めた。