「足はどう?」
未だ多少びっこを引いている私の足に視線を移しながら、先生も向かいに腰を下ろす。
病院で念のためにとレントゲンを撮ったけれども、幸いなことに骨には異常がなく、そうなってしまえばやれることは、湿布を貼っての経過観察のみ。後は適宜貼り替えながら、痛みが引くのを待つだけだ。だから私は、もうほとんど治ったようなもんです、とあの日病院へ送ってもらったお礼と共に、笑顔を返した。
すると先生も安心したようで、それなら良かった、と頷いてくれた。
「えぇと、部活対抗リレーのチーム分けだけどね」
私がお弁当を広げ始めたところで、先生が本題の口火を切る。
手を止めて視線を上げれば、
「そのまま食べながら聞いて。そんなことで行儀が悪いなんて言う人、ここにはいないから」
と、自分もコンビニの冷やし中華をずるずると啜った。
何だかそれが妙に子供っぽくて、頼れる兄貴の意外な一面に少し可笑しくなる。
「ずるずる食べるからうまいの」
すると視線の意味に気付いたのか、先生はちょっとだけ目を眇めた。
「確かに、とっても美味しそうです」
でも本当にそう思ったから、私もおにぎりをぱくりと頬張った。
「でしょ。で、本題ね」
先生はお茶を一口。対面に座っていると同じ行動を取りたくなるこの心理はいったい何なんだろう? そんなどうでもいいようなことを考えながら、衝動に抗わず私も同じように一口飲んで、少しだけ居住まいを正した。
「はい」
「最初に言ってしまうと、もったいぶった感じになって申し訳ないけど、多分期待したような答えではないと思う」
「それは、分からなかったってことですか?」
「いや、行なったのは、月島さんのクラスの担任でもある武本先生、それともう一人、三年F組の副担をしている、岡田先生だった」
岡田先生? 聞いたこともない先生だった。男か女かすら分からない。三年生の、しかもF組。階も違うし、教科でも教わってはいない。
「知らないかな?」
思ったことが顔に出ていたのか、先生は窺うように私を見つめた。
「はい」
頷くと、先生もそれを見て同じように一つ首を縦に振った。
「まあ繋がりもなさそうだし、知らなくて当然かな。岡田順子先生。四年前に赴任してきた、五十台半ばくらいの先生だ。今は主に三年生の英語を中心に教えていて、部活ではバドミントン部の顧問をされてる」
「バド部の顧問ですか……」
繰り返した瞬間何かが頭に引っ掛かった気がしたけど、それは手を伸ばす前に霧散してしまって、もう既に影も形もない。
私の中では、全く接点のない先生としか認識することができなかった。
「それから、くじ引きを行なった場所だけどね、普通に職員室だそうだ」
「職員室?」
「うん、昼休みの間に二人でやったらしい」
「見ていた人は?」
「それが、少々問題」
先生は箸を置き、僅かに眉をしかめた。
「問題……ですか? もしかして、誰もいなかった?」
「いや、その逆。昼休みだからね、とてもたくさんの先生が見ていて、寧ろ知らないのはここで飯を食ってる俺くらいのもんだった。
でも肝心の問題はこっから。職員室には、用のある生徒も多く訪れるだろ? 武本先生も岡田先生もわりとぬるい感じでくじをしていたそうだから、俺が聞いた限りでは……手を加えようと思えば誰にでもできる、とそう思ってしまったわけだ」
真剣な瞳、そしてその言葉に、私は違和感を抱く。
確かにこのくじ引きのことを調べてほしいとはお願いした。けれども私は一度だって、改竄(かいざん)を疑っている、とは口にしていない。仄めかしたつもりもなかった。
誰がくじを引いたのか気になる、そんな他愛ない疑問のみでどうして、それほど確信めいた瞳を私に向けることができるのだろう?
「……先生?」
「気になることがある。憶測で忠告するのは躊躇ったんだけど……」
――ガラガラッ。
だけど言いかけた言葉は、突然物凄い勢いで開かれた扉のスライド音に掻き消された。
未だ多少びっこを引いている私の足に視線を移しながら、先生も向かいに腰を下ろす。
病院で念のためにとレントゲンを撮ったけれども、幸いなことに骨には異常がなく、そうなってしまえばやれることは、湿布を貼っての経過観察のみ。後は適宜貼り替えながら、痛みが引くのを待つだけだ。だから私は、もうほとんど治ったようなもんです、とあの日病院へ送ってもらったお礼と共に、笑顔を返した。
すると先生も安心したようで、それなら良かった、と頷いてくれた。
「えぇと、部活対抗リレーのチーム分けだけどね」
私がお弁当を広げ始めたところで、先生が本題の口火を切る。
手を止めて視線を上げれば、
「そのまま食べながら聞いて。そんなことで行儀が悪いなんて言う人、ここにはいないから」
と、自分もコンビニの冷やし中華をずるずると啜った。
何だかそれが妙に子供っぽくて、頼れる兄貴の意外な一面に少し可笑しくなる。
「ずるずる食べるからうまいの」
すると視線の意味に気付いたのか、先生はちょっとだけ目を眇めた。
「確かに、とっても美味しそうです」
でも本当にそう思ったから、私もおにぎりをぱくりと頬張った。
「でしょ。で、本題ね」
先生はお茶を一口。対面に座っていると同じ行動を取りたくなるこの心理はいったい何なんだろう? そんなどうでもいいようなことを考えながら、衝動に抗わず私も同じように一口飲んで、少しだけ居住まいを正した。
「はい」
「最初に言ってしまうと、もったいぶった感じになって申し訳ないけど、多分期待したような答えではないと思う」
「それは、分からなかったってことですか?」
「いや、行なったのは、月島さんのクラスの担任でもある武本先生、それともう一人、三年F組の副担をしている、岡田先生だった」
岡田先生? 聞いたこともない先生だった。男か女かすら分からない。三年生の、しかもF組。階も違うし、教科でも教わってはいない。
「知らないかな?」
思ったことが顔に出ていたのか、先生は窺うように私を見つめた。
「はい」
頷くと、先生もそれを見て同じように一つ首を縦に振った。
「まあ繋がりもなさそうだし、知らなくて当然かな。岡田順子先生。四年前に赴任してきた、五十台半ばくらいの先生だ。今は主に三年生の英語を中心に教えていて、部活ではバドミントン部の顧問をされてる」
「バド部の顧問ですか……」
繰り返した瞬間何かが頭に引っ掛かった気がしたけど、それは手を伸ばす前に霧散してしまって、もう既に影も形もない。
私の中では、全く接点のない先生としか認識することができなかった。
「それから、くじ引きを行なった場所だけどね、普通に職員室だそうだ」
「職員室?」
「うん、昼休みの間に二人でやったらしい」
「見ていた人は?」
「それが、少々問題」
先生は箸を置き、僅かに眉をしかめた。
「問題……ですか? もしかして、誰もいなかった?」
「いや、その逆。昼休みだからね、とてもたくさんの先生が見ていて、寧ろ知らないのはここで飯を食ってる俺くらいのもんだった。
でも肝心の問題はこっから。職員室には、用のある生徒も多く訪れるだろ? 武本先生も岡田先生もわりとぬるい感じでくじをしていたそうだから、俺が聞いた限りでは……手を加えようと思えば誰にでもできる、とそう思ってしまったわけだ」
真剣な瞳、そしてその言葉に、私は違和感を抱く。
確かにこのくじ引きのことを調べてほしいとはお願いした。けれども私は一度だって、改竄(かいざん)を疑っている、とは口にしていない。仄めかしたつもりもなかった。
誰がくじを引いたのか気になる、そんな他愛ない疑問のみでどうして、それほど確信めいた瞳を私に向けることができるのだろう?
「……先生?」
「気になることがある。憶測で忠告するのは躊躇ったんだけど……」
――ガラガラッ。
だけど言いかけた言葉は、突然物凄い勢いで開かれた扉のスライド音に掻き消された。