「別に謝られてもさ。それで私以外の誰かに、変なこと言われたんだ。ふーん」

 マリが言うと周りの女子たちが調子に乗って笑い出した。

「春日さんはずけずけとえらそうに言うから反感買うのよ」

「帰国子女だしね」

 ふたりは面白がって笑っていた。

 言いたい放題にされてカチッときたが、ユキは言われるままに俯いて耐えていた。

 ちょうどその時、「ガルルル」と唸る低い声がマリの後ろから聞こえてきた。

 みんなが振り返り、ユキも顔を上げると、すぐ近くまで柴犬がやってきていた。

 首輪をつけているが、飼い主が傍にいない。

 今にも飛び掛りそうに顔をしかめ、しわを寄せて唸りを上げている。

 「ワン」 と一声吼えたときには、マリたちは後ずさって、パニックに陥って走って逃げてしまう。

「走っちゃだめ」

 ユキが注意しても遅かった。
 犬はマリたちの後を追っていった。

「犬は走るものを追いかける習性があるのに」

 でも犬が嫌なものを蹴散らしてくれたお陰で助かった。

 マリたちがある程度逃げると、犬は追いかけるのをやめ立ち止まった。
 そして踵を返してゆっくりとユキの方へと戻ってきた。

 ユキはたじろぐも、じっと立ち止まったまま、犬の動きに注意する。

 ユキの前まできたとき、意外にも犬はちょこんと座って尻尾を振った。