「ユキ、僕はいい奴でもなんでもない。ただ僕はどんな手を使ってでも、君を救いたいんだ。君は人間だ。ここが君が居るべき場所なんだ。僕は絶対君を救ってみせる。必ず」

 仁のユキを抱きしめる力が強くなる。

 でもユキは冷静だ。仁なら必死になってしまう気持ちくらい想像できた。

「仁、ありがとう。私、これから起こること全て受け止めようと思うの。もしこの世界に居られなくても、私それでもいい。16年そこそこだけど、それなりにいろいろあったし、今が一番本当に楽しい。自分の人生に悔いはないわ。だから心配しないで」

 仁が本当は何を考えているのか知らず、ユキは有難いと仁の抱擁を受け入れていた。

「ユキ、だからそれは間違ってるんだ。君はこれからもしっかりこの世界で生きなくっちゃ。逃げちゃだめだ」

「逃げてなんていないわ。でも私にはもうどうすることもできないの。自分の中に月の玉がある限り、私はもう自分で人生を選べない。私はトイラに全てを委ねる……」

「僕は絶対そうはさせない」

 仁の嫉妬心が膨らむ。

(人間じゃないトイラになんか負けてたまるか)

 仁は我を忘れて、ユキと見つめ合う。

 その瞬間、ユキを無理やり自分に引き寄せて、力任せにキスをした。

 突然のことにユキは頭が真っ白になって動けない。

「嫌!」

 声を出した時、ユキは仁を跳ね除けていた。仁は勢いで床に倒れこみ、気が動転している。

 その隙にユキは部屋を飛び出し、玄関に向い慌てて出て行った。

「ユキ!」

 仁が後を追いかけるが、すでにドアがバタンと閉まった後だった。

 騒がしいので、奥から母親が心配して出てきた。

「どうしたの、仁。もしかしてユキちゃんとなんかあったの……」

「うるさい!」

 仁は母親に八つ当たりをして自分の部屋にこもってしまった。

 母親がおろおろとしていると、父親がそっと後ろからやってきた。

「仁も思春期だからな。そっとしておいてやろう」

「でも、もしユキちゃんに変なことしてたら」

「とにかく二人の問題だ。仁も充分わかっているよ」

 母親は落ち着かないまま、居間に戻っていった。