——死ねなかった。
ガタン、ガタン、と車体が揺れるのに身を任せながら、その事実に茫然とした。
どうして。
なんで。
あと一歩。
白線を越えれば。
地面を蹴れば。
良かっただけなのに。
なのに。
なんで、私は死ねなかったの。
何者かに光を奪われるように、視界がだんだんと暗くなる。
「杏那」
突然、名前を呼ばれた。
その瞬間、私を覆おうとしていた暗闇が一気に晴れた。
聞き覚えのあった声に、鼓動が早くなる。
明らかに頭上から聞こえて、おそるおそる顔を上げると、私を見下ろしていた人物に思わず息を飲んだ。
綺麗な二重瞼。通った鼻筋に、薄い唇、右の方で分けられた栗色の髪。
そしてその温かい、テノールの声。
紺色のリクルートスーツに身を包み、チェック柄のネクタイを締めたその人は。
「なんで……」