「あ、ミミ先輩だ」


登校すると、誰かが誰かをそんな風に呼んでいた。
実際には私がそう呼ばれていたのだが気づくはずもなく、そんな名前の子もいるのだなと歩いていたら、下級生の子に会釈されて、頭の上に疑問符が浮かんだ。
その謎は花壇にやってきたきいちゃんの話で解けた。


「うちのクラスで杏那先輩、『ミミ先輩』って呼ばれてるんですよ」


きいちゃんのネコミミを私がつけていたことによって、先生対抗借り物競走で一位の成績を修めたきいちゃんのクラスは、学年優勝どころか総合優勝も飾った。
高橋先生はご機嫌で、日曜日には打ち上げで焼肉屋に行ったそうだ。
さしずめ私は勝利の女神。
ちなみに「ミミ」はネコミミの「ミミ」からで、「ネコミミ」と呼ぶのは長いし、「ミミ」という響きが可愛いから、という理由らしい。
私の先輩を「耳」呼ばわりだなんて、ときいちゃんはあきれた様子だったけど、


「私、あだ名つけられたの初めてかも」


実はちょっと嬉しかった。
でも、きいちゃんは怪訝そうな顔をした。


「嬉しいですか? 耳ですよ? 耳」

「うん。ありがとうって言っておいて」

「先輩の感覚って分かんないな。まあ、でもわかりました。でね、これ先輩にお礼」


そう言ってきいちゃんがくれたのはフェルトの三毛猫キャラクターがついた髪ゴムだった。
選んでくれたのは学級長さんらしく「私が無理強いしたののお詫びだって。失礼しちゃう」と口を尖らせたきいちゃんとは従姉妹同士だそう。
言うほど感謝されるようなことはしていないけれど、せっかくだから使わせてもらうことにした。
髪を結わえるのは得意ではないので、後ろでひとつにまとめて、首のあたりで二、三回輪をかける。

きいちゃんも「似合いますね」と言ってくれたので、その日は一日中つけていた。
しっかりと止まるゴムで、使い勝手も良さそうなので重宝しようと決めた。