しかし、真人サンとかいう人に大きく舌打ちされて、その剣幕ぶりに動けなくなってしまった。

 彼が目の前、三十センチくらいに顔を近づけた。近い、近いです。

「だから言ったろう。俺は神様見習いなんだ。正式な神様になるために、わざわざこんな汚い下界にやってきたんだ」

「き、汚い下界、ですか」

 視界いっぱいのイケメンにどうしていいか分からない私に、笑顔で付け加えた。

「神々が住まう高天原と比べれば下界はどこもかしこも穢れに満ちている。正直、苦手なんだ。だから、人助けをして神様になるのも楽じゃなくてな。だから、彩夢。おまえは俺の巫女見習いってことでどうだ」

「いやぁ、そのぉ……」

 ってことでどうだとか言われても困るんですけど……。

「おまえだってこんな世界にうんざりしているんじゃないか」

「え――」

 相変わらず私の眼前いっぱいにその美麗な顔をさらしながら、真人サンがまるで吐き捨てるように言った。

「それはそうだろう。自分の失敗を部下に被らせてリストラとやらをする上司だとか、何年も献身的に尽くしてきた女性をさっさと見捨てて若い女に乗り換える男だとか、そんな連中ばっかりじゃないか」

「それって……」

 私は目を大きく見開いた。まるっきり私のことじゃないか。

 何でそんなこと知ってるの? 何この人、「神様見習い」とか言っているけど、要するにストーカー? 先ほどまでとは違う明確な恐怖を感じた。

 よし。逃げよう。逃げなくては――。

 だけど、視界いっぱいの真人という人の黒い瞳が、怖さとは違う感情が私の足を止めていた。

 あとにして思えば、それは正しいことだったのだと思う。

「どうせ宿も何も決めていないんだろ? いい宿を知っているから案内するよ。どのみち、この時期の京都で予約なしのひとり旅なんて、そうそう宿は見つからないぞ」

 確かにそうかも知れない。
 しかし、この人は何ということを言うのだろう。
 宿を知っているというのはありがたいけど、いくら何でも初対面の男性の案内で宿に行くなんて恐ろしい。

「せっかくですけど、宿の方は――」

 私が、可能な限り穏便にかつ迅速に断りを入れようとすると、それを無視して真人サンが携帯を使っていた。ガラケーだった。神様見習いって言ってたけど、ガラケーは使うのか。微妙に現代的……。

 適当に何かをやり取りして電話の相手と合意したらしい真人は、いい音をさせてガラケーを畳むと、

「俺だけじゃおまえも怪しいと思ってるだろうから、宿の人を呼んだ。それで嫌なら帰ればいい。まあ、巫女見習いなんだから否はないだろうけどな」

 とんとん拍子に話が進んでいる。
 だから、その「巫女見習い」って何ですか?

 けれども、これ以上はこの人とどんな会話をしていいか分からない。逃げるチャンスも逸してしまった。どうしよう……。

「あらあら。遠いところからおこしやす」

 不意に嫋やかな京言葉で話しかけられた。