「婚約指輪ですか?」

「ええ。来月に挙式することになったの」

 先生は若干気まずそうに、私たちと目を合わせずに答える。結婚のおめでたい話題なのに、なんだかおかしい。生徒には知られたくなかったのだろうか。

「そうなんですね。おめでとうございます」

 なんでみくりちゃんはこんなに、大人みたいな対応ができるのだろう。私は心の中で先生に「余計なことを言ってごめんなさい」と謝りながら、柿崎先生の席を後にした。

 職員室を出たあと、二人同時にふぅ~っと深いため息をつく。

「みくりちゃん、ごめん、私余計なこと言って」

「ううん。指輪してたってことは先生も隠してないってことだと思うし」

「でもこれで分かったよ。柿崎先生、最近顔色も悪いし前よりやつれたでしょ? きっと結婚式のためにダイエットしてるんだね」

 ドレスを着るためにダイエットをする花嫁が多いと、何かで読んだ気がする。柿崎先生はそのままでも充分細いと思うけれど、そこは私には分からない女心の葛藤があるんだろう。

「……そうなのかな」

 みくりちゃんはそう言って足を止める。

「こむぎちゃん、ちょっとこっち」

 もう少しで調理室に着いてしまうので、みくりちゃんは階段下のスペースに私を引っ張って行った。階段下は学校内のエアポケットみたいに、廊下からも階段からも死角になっている。こうして奥の壁にぴったりくっついていれば誰にも見つからないし、内緒話にはもってこいだ。