「じゃあ、急いであたため直しちゃうわね。適当に座って待っててね」

 調理室に着くと、先輩は三角巾と割烹着を身に付け、てきぱきと動き始める。もうこの先輩に逆らう気がなくなっていた私は、おとなしく適当な席に腰を下ろした。

 さっきまでお人形のような美少女だった先輩は、髪をシュシュでまとめて割烹着を着ただけで、雰囲気が様変わりしていた。

 なんだろう、定食屋のおばさん……のような親しみやすい感じで、近所のおばあちゃん……みたいな優しい感じ。でももっと身近であたたかな――。

「もうすぐできるからね~。あ、お弁当もそこのレンジであたため直しましょうか?」

 あっこれは、お母さんだ。世話焼きで、嫌味がなくて、ちょっと強引だけど従っちゃう感じ。思わず割烹着の背中に抱きつきたくなるくらい、お母さんだ――。

 私がぼうっとしている間に百瀬先輩はテーブルセッティングを終えていた。ギンガムチェックの可愛いランチョンマットに、あたためてくれたお弁当箱とスープ用スプーンが並んでいる。

「はい、熱いから気を付けてね」

 先輩はお鍋からスープを注ぐと、大きめのスープカップを私の前に置いた。おいしそうな赤いスープからは、湯気が立ちあがっている。

「ミネストローネよ。あったかいうちにめしあがれ」

「い、いただきます……」

「良かったあ。先輩たちが卒業しちゃって、今部員が私だけなの。誰か味見してくれる人が欲しくって。ありがとう、こむぎちゃん」

 笑顔でお礼を言う百瀬先輩は、あまのじゃく族いじっぱり科の私とは違う人種みたい。ほんわか村の住人なのかな。

 スプーンをゆっくりミネストローネに沈める。具がたくさん入っていて、スープと言うより煮込み料理みたいだ。ジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、あとこれは……なんかの豆?

 苦手なセロリが入っていないのがありがたかった。ふーふーしてから口に運ぶと、トマトの甘味と酸味が口いっぱいに広がった。