「え」

「あら」

 顔を出したのは、きれいな女の子。長い髪と色白の肌がお人形さんみたい。ほっそりしていて手足も長くて、みんなと同じ制服を着ているのに一人だけ世界が違うみたいだ。

 泣いてるところ、見られてしまった――。早く出てってよ、と思うのにその人は私のそばまで階段を降りてきた。

 上履きの色を見ると、三年生だった。同学年じゃなかったことにほっとしたけれど、先輩相手じゃどっか行ってなんて失礼なことも言えない。

「ここでなにしてるの?」

 先輩は隣に座って、にこにこしながら私の顔を覗きこむ。初対面なのにやたら距離が近い。
 見れば分かるでしょう、一人でお弁当を食べてるんですよ――とは言えなかった。

「えっと、その……」

「あら、おいしそうなお弁当」

 先輩が、私の涙が落ちた冷え冷えのお弁当を見下ろす。恥ずかしくて、早くこの場から逃げ出したかった。

「私、帰ります」

 慌ただしくお弁当を包み直して立ち上がる。誰なのか知らないけれど、放っておいてほしい。

「ちょっと待って」

 強めに言ったのに、先輩はにこにこした顔のまま私の腕をつかんでくる。

「こんな寒いところで食べていたから、身体が冷えちゃったでしょ? 今から調理室に行きましょ? お弁当に合う、あったかいスープをごちそうしてあげる」

「はぁ……!?」

「ほらほら早く」

「あ、ちょ、ちょっと」

 顔に似合わず強引な先輩は、手を繋ぎ直すと問答無用で階段を上っていく。抗議の言葉なんてうまく出てこない。転びそうになりながら後をついていくのでせいいっぱいだ。

「私は百瀬(ももせ)菓子。お菓子って書いてかのこ、って読むのよ。料理部の部長なの。あなたのお名前は?」

「小鳥遊(たかなし)こむぎです……」

「かわいくて、おいしそうな名前!」

 百瀬先輩は私の手を引きながら、非常階段の重い扉を開け放ってくれた。私よりももっとおいしそうな名前をもつその先輩の手は、びっくりするくらいあたたかかった。