「もしかして小鳥遊さん? 同じクラスの」

「えーっと、柚木(ゆずき)さん?」

「あー、あたしの名前、ちゃんと覚えててくれたんだ」

「さ、さすがに覚えているよ。もう入学して二か月以上たつんだし」

「ジョーダンだって」

 柚木さんはからからと快活に笑う。なんだか教室でのイメージとは違う人だ。きっかけと、勇気。菓子先輩の言葉を思い出して、思い切って話を繋げてみた。

「あの……この本、柚木さんも買うつもりだったの?」

「ああ、うん。この作家が好きで。前から気になってたんだけど、文庫になるの待ってたんだよねー」

「そうそう、私も! 文庫しか買えないけど、この作家さんの全部集めているの」

「えっ本当? あたしまだ全部は読めてないんだよね。……ていうか小鳥遊さんさ、あたしみたいなタイプが本読むのって意外だと思わないの?」

 柚木さんは、髪もばっちり巻いてメイクも強めで、迫力のある美人という感じ。佇まいになんとなく威圧感があるので、不良なのかと思っていた。進学系女子高にはあまりいないタイプ。そういえば柚木さんも周りから遠巻きにされていて、特に親しい友達はいないようだった。

「ああー……。言われてみれば、ちょっと意外かも」

「小鳥遊さん、正直すぎ!」

「ご、ごめん」

「いいよ、面白いから。あたし嘘つかれたり気を遣われるの嫌いだからさ」

 柚木さんの言葉に胸がチクッと痛む。

「今まであんまり本の話できる人いなかったんだよねー。今日が雨じゃなかったら、そのへんのベンチでゆっくり話したかったんだけどな」

 柚木さんの言葉で、落ち着いて話のできる場所がひとつ思い浮かんだ。
 しかし、今日初めて話した人を自分から誘うなんて、私にできるのだろうか。
 いやいや、今日は人前で思いっきり泣いてしまったし、それ以上に恥ずかしいことはもうないだろう。

「あの……っ!」

 新刊を持ってレジに向かおうとする柚木さんの鞄を掴んだ。
 ん? と振り返ったきれいな顔を見て生唾を飲みこむ。これでは片思いの相手に告白しようとする男子中学生ではないか。

 ――きっかけを逃さないで。こむぎちゃん、勇気を出して。

 菓子先輩の言葉が、私の背中を押してくれる。

「柚木さん、それなら私、いいところ知ってるんだけど……」