「ちょうど今から部活に行くところだったの。会えて良かったわ、一緒に行きましょ?」

 偶然通りかかった、みたいな雰囲気で話しているけれど、この非常階段は調理室とはまったく逆方向だ。

「どうして……」

 私はまったく手をつけていないお弁当箱を見られたくなくて、さっと蓋をしめた。

 かわいがっている後輩がまた一人ぼっちになっているなんて、菓子先輩はきっと幻滅しただろうな。

「なんだか前にも同じようなことがあったわね、こむぎちゃん」

 しゃがみこんで目線を合わせてくれた菓子先輩に目をやると、いつも通りのほほんとした笑顔で、ドキドキしていた胸が少しだけ落ち着いた。

「なんで菓子先輩はこんなところに?」

「こむぎちゃん、部活の時はいつも私より先に調理室に着いて準備してくれていたでしょう? でもここ数日間、私よりも遅れて来ていたから、どうしたのかなと思って」

「それだけでここが分かったんですか?」

「猫が隠れるならどこかしらって探してみたんだけど、ビンゴだったわぁ」

 菓子先輩には内緒にしておくつもりだったのに、そもそもこの人に隠し事をするなんて無理だったのかもしれない。猫がイタズラを隠しても飼い主にはバレているみたいに、菓子先輩のあったかい眼差しは、どこまで見通しているのか見当もつかないのだから。

「日直とか、掃除当番だとは思わなかったんですか?」

「うん。こむぎちゃんは、すごく分かりやすいから」

「えっ、私親には昔から、表情が乏しくて分かりづらいって言われてたんですけど」

「それは犬的な感情表現を期待しているからじゃないかしら。猫って一見分かりづらいけれど、耳とかしっぽとか瞳とか、よ~く見ているとすごく感情豊かなのよ~」

「私には、猫耳もしっぽもないですけど」

「あら、そう思っているのはこむぎちゃんだけよぉ。今度御厨さんにも聞いてみて、きっと同じことを言うと思うわ」

「みくりちゃん……は……」

 放課後、何か言いたそうにしているみくりちゃんを無視して出て来てしまった。ショックをこらえているような顔が忘れられない。

「何かあったのね?」

「……」

「話してみて? その前に調理室に行きましょ。あったかいミルクティー、淹れてあげる」

 知られたくない、心配かけたくないと思っていたのに。
 繋いだその手はやっぱりあったかくて、ほっとしたら少しだけ涙腺がゆるんでしまい、私は菓子先輩に見えないようにこっそり涙をぬぐった。