「……もしかして菓子先輩、こうなることが分かっていたんですか?」
「ふふ。御厨さんの中学時代の話を聞いたときからね」
「どういうことですか?」
「御厨さんのした失敗はもともと、恋人に振られるほどの大きな失敗じゃないのよ。相手が自分を好きなら微笑ましいと思えるし、逆にそうじゃないなら――うんざりした態度をとる人もいるかもしれないわね」
「じゃあ、もしかしてみくりちゃんと元彼は」
「その時にはもう、お互いの気持ちが離れてしまっていたんじゃないかしら。御厨さんはそれに気付かず、そのことが原因だと思い込んでしまったのね」
「じゃあ、今の彼氏はみくりちゃんのことを――」
相手によって変わる失敗なら、みくりちゃんに可愛い、と言った彼氏は。
「もちろん、こむぎちゃんの思っている通りよ」
その時の菓子先輩の笑顔は、満点をもらったときにほめてくれた、小さい頃のお母さんみたいだった。
そういえばみくりちゃんに、料理に興味が出たなら部活に入ってみない、と誘ったのだけど、
「うーん、お料理は思ったより楽しかったし、高校では文化部に入るのもいいなあと思ってたんだけど……。やっぱり私は遠慮しておくね。菓子先輩のそばにはこむぎちゃんだけがいたほうがいい気がする。……なんとなくだけどね」
と断られてしまった。
どういう意味なんだろう、と菓子先輩の後ろ姿を見つめる。相変わらずお母さんみたいにてきぱきと動く割烹着の背中。つやつやの長い髪は、おそろいのシュシュで束ねている。
「こむぎちゃん」
くるりと振り返った先輩と、急に目が合って心臓が跳ねる。
「は、はいっ?」
「なんだか香ばしすぎる匂いがするんだけど……」
菓子先輩が不安そうな顔でオーブンを見つめる。
そうだった。クッキーが思ったより大きくなってしまったから、ちょっと長めに焼き時間を設定していて。途中で確認しながら調整しようと思っていたんだけれど……。
「あーっ! 焦げてるぅ……!」
慌てる私を見て、菓子先輩が笑う。
エプロンと割烹着、おそろいのシュシュ。春の光が射しこむ明るい調理室、シャボン玉みたいな笑い声。
菓子先輩の謎はいろいろあるけれど。今はまだ、この幸せなおいしい日々に、ひたっていたい。
「ふふ。御厨さんの中学時代の話を聞いたときからね」
「どういうことですか?」
「御厨さんのした失敗はもともと、恋人に振られるほどの大きな失敗じゃないのよ。相手が自分を好きなら微笑ましいと思えるし、逆にそうじゃないなら――うんざりした態度をとる人もいるかもしれないわね」
「じゃあ、もしかしてみくりちゃんと元彼は」
「その時にはもう、お互いの気持ちが離れてしまっていたんじゃないかしら。御厨さんはそれに気付かず、そのことが原因だと思い込んでしまったのね」
「じゃあ、今の彼氏はみくりちゃんのことを――」
相手によって変わる失敗なら、みくりちゃんに可愛い、と言った彼氏は。
「もちろん、こむぎちゃんの思っている通りよ」
その時の菓子先輩の笑顔は、満点をもらったときにほめてくれた、小さい頃のお母さんみたいだった。
そういえばみくりちゃんに、料理に興味が出たなら部活に入ってみない、と誘ったのだけど、
「うーん、お料理は思ったより楽しかったし、高校では文化部に入るのもいいなあと思ってたんだけど……。やっぱり私は遠慮しておくね。菓子先輩のそばにはこむぎちゃんだけがいたほうがいい気がする。……なんとなくだけどね」
と断られてしまった。
どういう意味なんだろう、と菓子先輩の後ろ姿を見つめる。相変わらずお母さんみたいにてきぱきと動く割烹着の背中。つやつやの長い髪は、おそろいのシュシュで束ねている。
「こむぎちゃん」
くるりと振り返った先輩と、急に目が合って心臓が跳ねる。
「は、はいっ?」
「なんだか香ばしすぎる匂いがするんだけど……」
菓子先輩が不安そうな顔でオーブンを見つめる。
そうだった。クッキーが思ったより大きくなってしまったから、ちょっと長めに焼き時間を設定していて。途中で確認しながら調整しようと思っていたんだけれど……。
「あーっ! 焦げてるぅ……!」
慌てる私を見て、菓子先輩が笑う。
エプロンと割烹着、おそろいのシュシュ。春の光が射しこむ明るい調理室、シャボン玉みたいな笑い声。
菓子先輩の謎はいろいろあるけれど。今はまだ、この幸せなおいしい日々に、ひたっていたい。