「逃げるの、かっこ悪……」

 分かってはいるけど。珍獣になったみたいな毎日で、我慢したい理由も、居座り続ける目的もあたしにはない。

 びゅう、と春風がふいて、短いスカートの裾をさらっていった。

「痛っ」

 カラコンを入れている目にゴミが入った。ポケットを探るが、あいにく手鏡は教室に置いてきてしまったようだ。

「あ~、最悪」

 涙目になりながらまばたきをくりかえしていると、非常階段の扉がいきなり開いた。

「あれっ、先客?」

 小柄で、アーモンド型の大きな瞳が猫みたいな女の子が、ずかずかとあたしのそばまで近寄ってきた。

 やだな、これ。泣いていると誤解されたかもしれない。

「あなた、もしかして、さぼり?」

「は? あんたもでしょ」

 自分のことを棚に上げて上から目線なのが気に入らなくて、苛ついた口調になってしまった。

「残念。三年生は模試だったから、今日の授業は終わったところなんだ。私は今から部活にいくところ」

 上履きの色をよく見ると、上級生だった。失礼な言葉遣いを一瞬だけ後悔したが、名前の知らない先輩は気にするそぶりもない。

「部活に行くのに非常階段を通る必要、ある? ……あるんですか」

 敬語に言い直した私を見て、先輩はふふっと笑った。