「菓子先輩のごはんだってすごくおいしいのに……」

 私が不満に思ってぼそっとつぶやくと、

「こむぎちゃん!」

 菓子先輩が感極まった様子で抱きついてきた。

「ほんとにこむぎちゃんはかわいいわぁ……。浅木先生もそう思いますよね?」

「うんうん。慕ってくれる後輩が入部してくれて本当に良かったねえ」

 浅木先生も嬉しそうに頷いている。

「くるしい……」

 私は、飼い主に抱き締められて身動きが取れない猫ってこんな気持ちなんだな、と気が遠くなりながら実感していた。

「こむぎちゃん、大丈夫!? しっかりして」

 ぴくりとも動かなくなった私を心配して、菓子先輩が肩をゆする。

「だいじょうぶです……。まさか抱き締められながら頸動脈を締められるなんて思いませんでした」

「ご、ごめんなさい」


 カウンター席もあったのだけど、浅木先生は私を気遣って奥のソファ席に案内してくれた。夕方の早い時間だから、他のお客さんはいなかった。

「小鳥遊さん、入部一日目で災難だったね。懲りずに菓子ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな。これは僕からのお詫び」

 浅木先生がオレンジフロートを私の目の前に置いてくれる。オレンジジュースの上にバニラアイスが、縁からこぼれんばかりに乗っている。

「あ、ありがとうございます」

 昨日の私とは違う、今日の私。お礼だって恥ずかしがらずにちゃんと言える。どもらずに言えるようになるには、もう少し時間がかかりそうだけど。

 浅木先生の台詞を聞いて、菓子先輩が横からにゅっと顔を出す。

「なんで先生が私のかわりにお詫びするんですか?」

「せっかくつかまえた新入部員を逃しちゃ大変だと思って」

「もう……」

 気さくに会話する二人を見て、ふと思う。いくら元顧問と部員と言っても、気安すぎではないだろうか。浅木先生は菓子先輩のこと、名前で呼ぶし。まさか、まさか。